1950年代から70年代にかけて、アメリカの家庭を虜にした知的なエンターテインメントが存在しました。それがWhat's My Line?です。この番組は、著名なパネリストたちが一般参加者や有名ゲストに質問を投げかけ、その人物の「職業」を当てるというシンプルなルールながら、洗練された会話劇が魅力のパネルゲームショーでした。
CBSでの放送開始から数十年、数多くのリバイバルを経て、この番組は単なるクイズ番組を超え、当時のアメリカ文化や社交のスタイルを象徴する作品となりました。
Key Facts
- 放送期間: CBSネットワークで1950年から1967年まで、その後シンジケーション(地方局への販売)形式で1975年まで放送。
- 基本ルール: パネリストが質問を通じて、ゲストの職業を特定する。
- 象徴的な演出: 毎週登場する「ミステリーゲスト」の正体を隠すため、パネリストが目隠しをする。
- 受賞歴: エミー賞(最優秀クイズ・視聴者参加番組)を3回、ゴールデングローブ賞(最優秀テレビ番組)を1回受賞。
- 総エピソード数: CBS版876回、シンジケーション版1,320回の計2,196回。
番組の構成と進化
基本のゲーム形式
番組のメインコンテンツは、一般の参加者が自身の職業を隠して登場し、パネリストが「はい」か「いいえ」で答えられる質問を繰り返して正解を導き出す形式です。1955年以降、ルールが洗練され、パネリストが最初から推測することを禁止し、まずは質問に集中させる形式へと変更されました。また、参加者が「給与所得者か自営業か」、あるいは「製品を扱っているかサービスを提供しているか」といったヒントが司会者から提示されるようになりました。
ミステリーゲストの伝統
番組のハイライトといえば、毎週登場する著名人の「ミステリーゲスト」回です。このラウンドでは、パネリストたちが目隠しを着用し、視覚情報を完全に遮断した状態で、声と回答のみから正体を突き止めます。

放送形式の変遷
1950年の開始当初から1966年まで、番組は白黒映像で放送されていました。1966年9月にようやくカラー放送へと移行しましたが、当時の技術的な制約により、カラー時代の映像の多くは失われており、一部のキネスコープ(テレビ画面をフィルムで撮影した記録)のみが残っています。
豪華な出演陣と制作の舞台裏
司会者とパネリスト
長きにわたり司会を務めたのはジョン・チャールズ・デイリーです。彼の洗練された進行は番組の品格を決定づけました。

また、番組を象徴するレギュラーパネリストとして、ドロシー・キルガレン、アーリーン・フランシス、ベネット・サーフの3名が中心となり、知的な掛け合いを繰り広げました。


1965年にキルガレンが他界した後は、固定枠を設けずゲストパネリストを招く形式へと移行し、番組は1967年のネットワーク放送終了まで続きました。

出演料と経済的側面
当時の制作実態として、ミステリーゲストには勝敗に関わらず500ドル(現在の価値で約6,691ドル相当)の出演料が支払われていました。また、ゲストパネリストには750ドルが支払われ、レギュラーパネリストにはさらに高額な契約金が支払われていたことが、後のインタビューで明かされています。
番組概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| ジャンル | パネルゲームショー |
| 主な司会者 | ジョン・チャールズ・デイリー、ウォーリー・ブルーナー、ラリー・ブライデン |
| 制作会社 | Goodson-Todman Productions / CBS Productions |
| 放送局 | CBS(1950-67)、シンジケーション(1968-75) |
| 主な受賞 | エミー賞 3回、ゴールデングローブ賞 1回 |
リバイバルと世界への影響
CBSでの放送終了後、1968年から1975年にかけてシンジケーション版が制作されました。ここではウォーリー・ブルーナーやラリー・ブライデンが司会を務め、セットのデザインも近代化されました。特にラリー・ブライデン時代には、誤った推測をしたパネリストを脱落させる「フェイツの法則(Fates' Law)」という新ルールが導入され、ゲーム性に緊張感が加わりました。
このフォーマットは世界的に成功し、イギリス、ドイツ、日本(NHKで『私の仕事はなんでしょう』として放送)など、多くの国でローカライズ版が制作されました。また、2004年以降はロサンゼルスやニューヨークで認可を受けたライブステージ版が上演されるなど、その形式は現代にまで受け継がれています。
Frequently Asked Questions
ミステリーゲストの回でパネリストが目隠しをしたのはなぜですか?
ゲストが世界的に有名な著名人であるため、顔を見た瞬間に正体が分かってしまい、ゲームがすぐに終わってしまうのを防ぐためです。声と回答だけで正体を当てるという知的挑戦を演出していました。
日本でも放送されていたというのは本当ですか?
はい。NHKにて『私の仕事はなんでしょう』というタイトルで、1953年から1954年にかけて放送されていました。
「フェイツの法則(Fates' Law)」とはどのようなルールでしたか?
シンジケーション版の後半に導入されたルールで、ミステリーゲストの正解を推測して外れたパネリストは、その時点で脱落するという厳しい規則のことです。これにより、安易な推測を抑制し、ゲームの時間を延ばす効果がありました。
番組の映像は現在も見ることができますか?
一部のエピソードがパレイ・センターやUCLAフィルム&テレビアーカイブに保存されており、またYouTubeの公式チャンネルなどで過去の放送回が公開されています。ただし、カラー放送時代の映像の多くは失われています。
この番組は他の作品に影響を与えましたか?
はい。例えば、小説およびディズニー映画の『101匹わんちゃん』には、この番組をパロディ化した「What's My Crime?(私の罪は何?)」というシーンが登場しています。
References
- ↑ "Awards for "What's My Line?" (1950)". . Retrieved July 5, 2009.
- ↑ "Golden Globe won by What's My Line?". Hollywood Foreign Press Association. Archived from the original on May 27, 2006. Retrieved July 5, 2009.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 Fates, Gil (1978). What's My Line?: TV's Most Famous Panel Show. Prentice-Hall. .
- 1 2 Hughes, Robert J. (May 27, 2005). "Oh, the Civility! "What's My Line?" is a window to another era". . Archived from the original on November 23, 2005. Retrieved July 21, 2009.
- ↑ Fretts, Bruce (June 17, 2013). "Eyes on the Prize". . pp. 14-15.
- ↑ "What's my line". Time. September 6, 2007. Retrieved November 16, 2023.
- ↑ Weiner, Ed (1992). The TV Guide TV Book: 40 Years of the All-Time Greatest Television Facts, Fads, Hits, and History. New York: Harper Collins. p. 174. .
- ↑ "'What's My Line?' Packagers Sell Panel Series to CBS-TV" (PDF). . July 7, 1958. p. 42. Retrieved May 7, 2026.
- 1 2 "C.B.S. Directors Declare Cash and Stock Dividends". The New York Times. November 12, 1970. 0362-4331. Retrieved May 7, 2026.
- ↑ "What's My Line? – Season 10, Episode 49: EPISODE #476". . Retrieved October 4, 2015.[]
📸 フォトギャラリー




