1980年代後半のハリウッドにおいて、既存の大手スタジオに匹敵する規模を目指した「ミニメジャー」と呼ばれる新興スタジオが注目を集めました。その代表例が、著名なプロデューサーであるジェリー・ワイントラブによって1986年に設立されたWeintraub Entertainment Group(以下、WEG)です。巨額の資金調達と野心的な計画を掲げてスタートした同社は、短期間で映画業界に衝撃を与えましたが、同時に急激な衰退を辿ることとなりました。
Key Facts
- 設立:1986年7月1日(創設者:ジェリー・ワイントラブ)
- 事業形態:映画制作および配給を行う非公開株式会社
- 主要投資家:コカ・コーラ社、USタバコ社など
- 終焉:1990年9月30日に破産(チャプター11申請)
- 資産の行方:現在はソニー・ピクチャーズやパラマウント・ピクチャーズなどが権利を継承
野心的なスタートと資金調達の戦略
WEGは設立当初から、年間7〜8本の作品をリリースするという極めて攻撃的なスケジュールを計画していました。この目標を達成するため、1987年2月にはコロンビア・ピクチャーズやシネプレックス・オデオンなどから、証券や銀行ローンを含む総額4億6,100万ドルの資金を調達。さらに、バンク・オブ・アメリカから7年間の期限で1億4,500万ドルの信用枠を確保し、コロンビア・ピクチャーズとは20年間にわたる配給契約を結ぶなど、盤石な体制を整えたかに見えました。
また、制作体制の拡充のため、ロバート・スティグウッド率いるRSOフィルムズと3年間の提携契約を締結。予算1,200万ドルから1,500万ドル規模の複数作品を計画し、中にはオリバー・ストーンが監督しメリル・ストリープが主演する映画版『エビータ』の構想もありましたが、最終的にこのプロジェクトは断念されました。
ライブラリの買収と経営の混迷
WEGは自社制作だけでなく、既存の作品資産の獲得にも注力しました。1987年5月には、キャノン・グループから約2,000作品を擁するイギリスの映画ライブラリ「ソーンEMIスクリーン・エンターテインメント」を8,500万ドルで買収。この買収資金の一部に融資を利用したことが、後の財務的な足かせとなりました。
経営陣にはハリー・アッシャー(国際事業部門社長)やバーニー・ローゼンツワイク(テレビ部門会長)といった人物を迎え入れましたが、資金繰りは次第に悪化します。1988年7月には、ソーンEMIのローンに関連する債権のシンジケート化(複数の銀行で融資を分担すること)が困難になったため、バンク・オブ・アメリカが信用枠を停止するという事態に陥りました。
破綻への道と法的紛争
1988年8月に公開された初の作品『ビッグ・ブルー』は、オープニング週末の興行収入が160万ドルにとどまり、期待された成果を上げられませんでした。その後、1989年にバンク・オブ・アメリカとクレディ・リヨネの協力により9,500万ドルの新たな信用枠を確保したものの、状況は改善しませんでした。
1990年9月、WEGはついに連邦破産法第11章(チャプター11)を申請し、破産しました。これに伴いジェリー・ワイントラブは会社を離れ、ワーナー・ブラザースとの新たな契約へと移行しました。破産後も、ピーター・パンの物語の売却を巡る債権者との訴訟や、投資家を誤導したとされるベア・スターンズ社への損害賠償請求など、法的なトラブルが数年にわたって続きました。
作品ライブラリと資産の継承
WEGが手がけた作品は、商業的な成功を収めたものから、予算を大幅に下回ったものまで様々でした。破産後、これらの資産はWEGアクイジション社に再編され、現在はソニー・ピクチャーズなどが保持しています。また、テレビ放送権についてはパラマウント・ピクチャーズが管理し、トライフォークタ・エンターテインメントにライセンス供与されています。
| 作品名 | 公開年 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ビッグ・ブルー | 1988 | 配給権を取得。初動興行収入160万ドル |
| フレッシュ・ホーセズ | 1988 | 初のオリジナル制作作品。興行収入700万ドル |
| マイ・ステップマザー・イズ・アン・エイリアン | 1988 | 予算2,600万ドルに対し、興行収入1,380万ドル |
| カレン・カーペンター物語 | 1989 | CBSで放送されたテレビ映画 |
| トゥループ・ベバリーヒルズ | 1989 | 1989年公開作品の一つ |
Frequently Asked Questions
Weintraub Entertainment Groupとはどのような会社でしたか?
ジェリー・ワイントラブによって1986年に設立された、映画制作および配給を行う「ミニメジャー」スタジオです。大手スタジオに匹敵する規模を目指し、巨額の資金調達を行いました。
なぜWEGは破産に至ったのでしょうか?
主な要因は、野心的な拡大戦略に伴う過剰な債務と、制作作品の興行成績が振るわなかったことです。特にソーンEMIライブラリの買収に伴うローンが、銀行からの信用喪失を招く要因となりました。
WEGが所有していた作品の権利はどうなりましたか?
破産後、資産は再編され、現在はソニー・ピクチャーズなどが映画ライブラリを保持しています。テレビ権についてはパラマウント・ピクチャーズが管理しています。
ジェリー・ワイントラブは破産後どうなったのですか?
1990年にWEGを離れた後、ワーナー・ブラザースと契約を結び、活動を続けました。また、一部の資産売却を巡り債権者と訴訟になりましたが、1992年に和解しています。
WEGが計画していたが実現しなかった有名なプロジェクトはありますか?
ロバート・スティグウッドとの提携により、オリバー・ストーン監督、メリル・ストリープ主演で映画版『エビータ』を制作する計画がありましたが、スタジオ側がこのプロジェクトを中止しました。
References
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