ヴィリニュス・グッゲンハイム・エルミタージュ美術館:幻となった野心的な芸術計画

リトアニアの首都ヴィリニュスに建設が計画されていたヴィリニュス・グッゲンハイム・エルミタージュ美術館は、世界的な芸術拠点となるはずだった壮大なプロジェクトでした。ニューヨークのグッゲンハイム美術館とサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館という、二つの世界的権威が協力し、リトアニアの文化的アイデンティティを融合させる試みでしたが、最終的にこの計画は実現することなく幕を閉じました。

Key Facts

  • 設計競争の勝者: プリツカー賞受賞建築家のザハ・ハディドが選出。
  • 展示コンセプト: ニューメディアアート、フルクサス、ジョナス・メカスの作品などを中心に構成。
  • 推定予算: 最大1億7,000万リタス(約7,500万米ドル)。
  • 中止の理由: ジョナス・メカス視覚芸術センターに関わる汚職疑惑と資金流用問題。
  • その後: 本プロジェクトの中止後、グッゲンハイムの計画はヘルシンキへと移った。

芸術的ビジョンと展示内容

この美術館は、単なる作品の展示場ではなく、リトアニアと世界の芸術を繋ぐ架け橋となることを目指していました。特に注目されたのが、1960年代にニューヨークで展開された前衛芸術運動フルクサス(Fluxus)です。この運動を主導したのがリトアニア出身のジョージ・マチューナスであり、彼に加えてリトアニア出身の前衛映画作家ジョナス・メカスのコレクションも中心的な役割を担う予定でした。

展示計画には、ニューメディアアートやニューヨークのアンソロジー映画アーカイブに加え、エルミタージュ美術館およびグッゲンハイム美術館からの名品が並ぶ予定であり、多様な芸術形式が共存する空間が構想されていました。

世界的な建築家たちが競ったデザイン案

美術館の設計を決定する国際コンペティションには、現代建築を代表する3名の巨匠が提案を行いました。審査員には、各美術館の館長や建築専門家、リトアニア政府関係者が名を連ねていました。

ザハ・ハディドの提案

最終的に勝利を収めたザハ・ハディドは、周囲の超高層ビルが持つ垂直的なラインとは対照的な、有機的で神秘的な形態を提案しました。彼女は、文化施設には人々を惹きつける独自の形態(モルフォロジー)が必要であると主張し、都市の風景を映し出すようなデザインを追求しました。

Winning design by Zaha Hadid

マッシミリアーノ・フクサスの提案

フクサスは、動きを感じさせる交差したドーム構造を特徴とする案を提示しました。空に向かって開いた巨大な「目」のような開口部から自然光を取り入れ、展示ホールと商業施設(レストランやショップ)を明確に区分けしつつ、川へのアクセスを確保する機能的な設計を重視しました。

Massimiliano Fuksas' design

ダニエル・リベスキンドの提案

「Nexus(結びつき)」と名付けられたリベスキンドの案は、ヴィリニュスの歴史と現代を繋ぐことをテーマにしていました。鋭い弧を描くアーケード構造により、古い街並みと新しい高層ビル、そしてネリス川という自然環境を建築的に融合させる彫刻的なアプローチを提案しました。

Design submitted by Daniel Libeskind

プロジェクトの頓挫と汚職スキャンダル

当初は2011年、後に2013年の開館を目指して進められていた本プロジェクトでしたが、2010年頃から暗雲が立ち込めました。リトアニア国家監査局の監査により、ジョナス・メカス視覚芸術センターへの不適切な資金流用や汚職の疑いが浮上したためです。

一時は市長などの支持を得て計画の再開が模索されましたが、最終的に汚職疑惑による不信感と不透明な資金管理が決定打となり、ヴィリニュスでの計画は完全に中止されました。この結果、グッゲンハイム美術館の新たな展開地としてフィンランドのヘルシンキが検討されることとなりました。

計画概要まとめ

ヴィリニュス・グッゲンハイム・エルミタージュ美術館 計画概要
項目 詳細
主要設計者(当選) ザハ・ハディド
推定建設費 約7,500万米ドル(1億7,000万リタス)
主な展示内容 フルクサス、ジョナス・メカス作品、ニューメディアアート
予定開館年 2011年〜2013年(予定)
プロジェクト結果 汚職疑惑により中止

Frequently Asked Questions

なぜこの美術館は建設されなかったのですか?

リトアニア国家監査局の調査により、ジョナス・メカス視覚芸術センターに関連する資金の不正流用や汚職の疑いが発覚したため、プロジェクトの継続が不可能となりました。

どのような作品が展示される予定でしたか?

リトアニア出身のジョージ・マチューナスが主導した「フルクサス」運動の作品や、映画作家ジョナス・メカスのコレクション、さらにグッゲンハイムとエルミタージュ両美術館の所蔵品が展示される計画でした。

設計コンペには誰が参加していましたか?

ザハ・ハディド、マッシミリアーノ・フクサス、ダニエル・リベスキンドの3名が最終候補としてデザインを提出しました。

ザハ・ハディドのデザインの特徴は何でしたか?

周囲の直線的なビル群とは対照的な、有機的で「浮遊感」のある神秘的な形態を提案し、都市の風景を反射させる独創的な外観を構想していました。

この計画の後、グッゲンハイム美術館はどうなりましたか?

ヴィリニュスでの計画が頓挫した後、同様の美術館開発の機会はフィンランドのヘルシンキ(グッゲンハイム・ヘルシンキ計画)へと移ることになりました。