1997年のイギリス音楽界は、爆発的なシングルCDの売上と、後の音楽史に名を刻む金字塔的なアルバムの誕生が重なった、極めてエネルギッシュな一年でした。ポップアイコンの台頭から、実験的なロックの深化、そして国民的な悲劇に伴う歴史的な楽曲のリリースまで、多様なドラマがチャートを彩りました。
Key Facts
- エルトン・ジョンの「Candle in the Wind 1997」が世界的に空前の大ヒットを記録し、今なおイギリス史上最も売れたシングルとしての記録を保持している。
- オアシスのアルバム『Be Here Now』が、発売後わずか1週間で81万枚以上を売り上げ、当時の最速販売記録を樹立した。
- スパイスガールズが初の4枚、そして初の6枚連続シングル1位という快挙を達成し、ポップシーンを席巻した。
- レディオヘッドの『OK Computer』がリリースされ、批評家から絶賛され、音楽的なパラダイムシフトを巻き起こした。
- 11月から12月にかけて、3週連続で100万枚以上の売上を記録するシングルが登場するという、チャート史上稀に見る現象が起きた。
ポップスとロックの黄金時代:チャートを支配した主役たち
この年、最も注目を集めたのは間違いなくスパイスガールズでした。彼女たちは「Mama / Who Do You Think You Are」や「Spice Up Your Life」、「Too Much」など、次々とチャート1位を獲得。特にクリスマス・ナンバーワンを勝ち取ったことで、デビューからの快進撃を確固たるものにしました。また、アルバム『Spice』と『Spiceworld』の両方が年間トップ5に入るなど、社会現象とも言える人気を誇りました。
一方で、ロックシーンではオアシスが圧倒的な存在感を放っていました。3rdアルバム『Be Here Now』は、発売から3日間で約70万枚を売り上げるという驚異的なスピードで市場を席巻しました。同時に、レディオヘッドが発表した『OK Computer』は、チャートで2週連続1位を獲得しただけでなく、音楽雑誌Qの読者投票で「史上最高のアルバム」に選ばれるなど、芸術的な評価においても頂点に立ちました。
また、アメリカから上陸したバックストリート・ボーイズも大きな成功を収めました。アルバム『Backstreet's Back』はイギリスで2位を記録し、80万枚以上のセールスを達成。「Everybody (Backstreet's Back)」などのシングルも上位にランクインし、ボーイズグループブームを加速させました。
歴史に刻まれた記録的ヒットと社会現象
1997年の音楽シーンを語る上で欠かせないのが、ダイアナ元妃の急逝に伴うエルトン・ジョンの「Candle in the Wind 1997」です。葬儀で披露されたこの楽曲は、イギリス国内で486万枚、世界中で3,700万枚という天文学的な数字を記録し、単なるヒット曲を超えた歴史的な記録となりました。
シングル市場全体が非常に活況だったことも特徴です。6月下旬以降、1位を獲得した楽曲はすべて週販10万枚を超えるという異例の状況が続きました。特に年末には、Aquaの「Barbie Girl」、チャリティ曲の「Perfect Day」、そして子供向け番組のテーマ曲「Teletubbies say "Eh-oh!"」という、ジャンルの全く異なる3曲が連続して100万枚を超える大ヒットを記録しました。
さらに、パフ・ダディ&フェイス・エヴァンスによるノトーリアス・B.I.G.への追悼曲「I'll Be Missing You」も100万枚を突破し、ヒップホップの浸透を示す象徴的な一曲となりました。
クラシック音楽の動向と芸術的成果
ポピュラー音楽の喧騒の裏で、クラシック音楽の世界でも重要な動きがありました。アンドリュー・グローヴァーの弦楽四重奏曲や、スコットランドの打楽器奏者エヴリン・グレンニーのために書かれたジェフリー・バーゴンのパーカッション協奏曲などが披露されました。また、5年間の休止期間を経て、バイオリニストのケネディ(旧ナイジェル・ケネディ)がロイヤル・フェスティバル・ホールに復帰したことも大きな話題となりました。
一方で、ウィルフレッド・ジョセフスや、後にマイケル・ティペット卿がこの時期に惜しまれつつ世を去り、イギリス音楽界にとって世代交代の時期でもありました。
1997年の主要音楽イベント
この年は、音楽だけでなくメディアやエンターテインメントの境界を越えた出来事が多くありました。1月にはデヴィッド・ボウイが50歳の誕生日を祝う豪華なコンサートをニューヨークで開催し、多くのゲストを迎えました。また、スパイスガールズが新テレビ局「チャンネル5」の開局を盛り上げるなど、彼女たちの影響力は音楽業界を越えて広がっていました。
音楽的な物議を醸した出来事としては、ザ・プロディジーのシングル「Smack My Bitch Up」が挙げられます。その過激な歌詞とビデオ内容から、BBCラジオ1での検閲やテレビ放送禁止措置が取られるなど、表現の自由を巡る議論を呼びました。また、ブラック・サバスがオリジナルメンバーで19年ぶりにバーミンガムで再結成ライブを行ったことは、ハードロック・ファンにとって歴史的な瞬間となりました。
年末にはスパイスガールズの映画『Spiceworld: The Movie』が公開され、初週で680万ポンドを稼ぎ出すなど、マルチメディア展開の成功を証明しました。
1997年 年間チャート・サマリー
| カテゴリー | タイトル / アーティスト | 特記事項 |
|---|---|---|
| 年間最多売上シングル | Candle in the Wind 1997 / エルトン・ジョン | 国内477万枚(史上最高記録) |
| 年間最多売上アルバム | Be Here Now / オアシス | 150万枚(最速販売記録) |
| 注目アルバム | OK Computer / レディオヘッド | 批評家から絶賛された金字塔 |
| ポップス・アイコン | スパイスガールズ | シングル6曲連続1位達成 |
| マーキュリー賞受賞 | New Forms / Roni Size / Reprazent | ジャングル/ドラムンベースの評価 |
Frequently Asked Questions
1997年に最も売れたシングルは何ですか?
エルトン・ジョンの「Candle in the Wind 1997」です。ダイアナ元妃への追悼曲としてリリースされ、イギリス国内で486万枚、世界で3,700万枚という驚異的なセールスを記録し、現在も世界一売れたシングルとして知られています。
オアシスの『Be Here Now』がなぜ特別だったのですか?
発売直後の販売スピードが極めて速かったためです。イギリス国内で最初の3日間だけで約70万枚、1週間で81万枚を売り上げ、2023年時点でもイギリス史上最速で売れたアルバムとしての記録を保持しています。
スパイスガールズはどのような記録を達成しましたか?
彼女たちは、デビューしてからの最初の4枚のシングルすべてで1位を獲得した最初のアーティストとなりました。その後、さらに記録を伸ばし、最初の6枚のシングルすべてで1位を獲得するという快挙を成し遂げました。
レディオヘッドの『OK Computer』はどのような評価を受けましたか?
リリース直後から広範な批評的称賛を浴びました。音楽雑誌Qの読者投票では、発売からわずか数ヶ月で「史上最高のアルバム」に選ばれるなど、当時の音楽シーンに多大な影響を与えました。
1997年のシングル市場の特徴は何でしたか?
非常に高い売上水準にあったことです。特に6月下旬から年末にかけて、チャート1位になった曲はすべて週販10万枚を超えるヒットとなりました。また、11月から12月にかけて3週連続で100万枚超えのシングルが出るという、極めて稀な現象が起きました。
References
- Reached number 1 in 1998
- Reached number 4 in 1998
- Reached number 3 in 1995