1990年のイギリス音楽界は、80年代の華やかなポップスの余韻を残しつつ、次世代のダンスミュージックがチャートを席巻し始めた転換点でした。映画タイアップ曲の爆発的なヒットや、ベテランアーティストの劇的な復活、そして欧州から流入したハウスミュージックの流行など、多様なトレンドが交錯した一年となりました。
Key Facts
- ダンスミュージックの浸透:ドイツのSnap!やベルギーのTechnotronicなど、欧州発のハウス・ダンス系楽曲がチャート上位を独占。
- 映画音楽の強さ:年間シングル売上1位の「Unchained Melody」をはじめ、映画主題歌が市場を牽引。
- ベテランの再起:エルトン・ジョンがチャリティシングルで初のソロ1位を獲得し、大きな復活を遂げた。
- 時代の交代:80年代を支配した制作チーム、ストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)の人気が急落。
- 不滅の記録:クリフ・リチャードが50年代から90年代まで、5つの年代で1位を獲得した唯一の人物となった。
ポップス界の地殻変動とアイドルの明暗
1990年の幕開けは、ボーイズグループのNew Kids on the Blockが象徴的でした。彼らの「Hangin' Tough」は1位を獲得しましたが、初週売上は約28,000枚と、当時の1位としては極めて低い数字を記録しました。これはクリスマス後の閑散期に加え、イギリス国内でアナログ盤シングルの需要が激減していた背景があります。
一方で、80年代後半に絶対的な権力を誇ったプロデューサー集団、ストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)は、この年に入り急激に支持を失いました。カイリー・ミノーグの「Tears on My Pillow」が彼女にとって4曲目の1位となり、SAWにとって最後の頂点となりました。その後、ジェイソン・ドノヴァンらの順位が下落し、多くの所属アーティストがチャートから姿を消しました。この衰退の要因として、ピート・ウォーターマンによる業界への攻撃的な言動が影響したと分析されています。
また、オーストラリアのドラマ『Neighbours』や『Home and Away』のヒットを受け、俳優が歌手デビューして成功を狙う傾向が強まりました。中でもクレイグ・マクラクラン率いるCheck 1–2の「Mona」が2位に食い込むなど、一定の成果を上げていました。
世界的スーパースターの躍進と復活
マドンナは、アルバム『I'm Breathless』からの「Vogue」で7回目の1位を記録。さらにベストアルバム『The Immaculate Collection』が9週間にわたり首位を維持し、国内で360万枚という驚異的なセールスを記録しました。一方で、プロモーション曲「Justify My Love」のビデオは、その過激な内容からMTVで放送禁止になるなどの騒動を巻き起こしました。
また、エルトン・ジョンにとって1990年は記念すべき年となりました。エイズチャリティとしてリリースされた「Sacrifice / Healing Hands」が、彼にとって初のソロシングル1位を獲得。Radio 2での大量放送が後押しとなり、1989年のリリース時には不振だった楽曲が劇的な復活を遂げました。アルバム面でも『The Very Best of Elton John』が270万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
欧州ダンスミュージックの席巻とクラブカルチャー
この年、イギリスのチャートを最も刺激したのはヨーロッパ発のダンスミュージックでした。ドイツのSnap!は「The Power」で1位を獲得し、その後も複数のトップ10ヒットを連発。ベルギーのTechnotronicやイタリアの49ers、オランダのTwenty 4 Sevenといったアーティストたちが、ハウスミュージックの快楽的なリズムを大衆に浸透させました。
国内ではマンチェスターを拠点とする808 StateがMC Tunesと共にヒットを飛ばし、ロンドンではThe Adventures Of Stevie Vの「Dirty Cash」が夏のアンセムとなりました。また、The KLFが「What Time is Love?」で華麗にカムバックし、後の大成功への足がかりを築きました。
クラシック音楽と芸術的成果
ポピュラー音楽の喧騒の裏で、クラシック音楽界でも重要な動きがありました。ジョン・マッケーブがジェームズ・ゴールウェイのために作曲したフルート協奏曲がロンドン交響楽団によって初演されたほか、サイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団の音楽監督に就任しました。
| カテゴリー | 項目 | 詳細 / アーティスト |
|---|---|---|
| 年間シングル売上1位 | 楽曲名 | Unchained Melody (The Righteous Brothers) |
| 年間アルバム売上1位 | アルバム名 | ...But Seriously (Phil Collins) |
| 最多1位獲得アーティスト | 特筆事項 | クリフ・リチャード(5つの年代で1位を記録) |
| 注目ジャンル | トレンド | 欧州ハウス / ダンスミュージック |
音楽業界の出来事と表彰
1990年のブリットアワードでは、フィル・コリンズが男性ソロアーティスト賞やシングル賞を総なめにし、その圧倒的な存在感を示しました。また、クイーンには「Outstanding Contribution(多大な貢献)」賞が贈られました。
一方で、物議を醸す事件もありました。The Stone Rosesが、以前のレーベルが制作したビデオに憤慨し、事務所を破壊したとして6,000ポンドの罰金を科せられた出来事は、当時のバンドの気性を象徴しています。
Frequently Asked Questions
1990年に最も売れたシングルは何でしたか?
映画『ゴースト』の挿入歌として再リリースされたライチャス・ブラザーズの「Unchained Melody」が、この年最大のヒットとなりました。
ストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)の衰退理由は?
制作メンバーの一人であるピート・ウォーターマンが、メディアを通じてイギリス音楽業界を激しく批判したことが、人気急落の一因になったとされています。
クリフ・リチャードが達成した唯一の記録とは?
1950年代、60年代、70年代、80年代、そして90年代のすべての年代でチャート1位を獲得した唯一のアーティストとなりました。
当時のダンスミュージックの傾向は?
ドイツ、ベルギー、イタリアなど欧州大陸からのハウスミュージックが流入し、Snap!やTechnotronicなどのアーティストがチャートを席巻しました。
マドンナの1990年の実績は?
「Vogue」でシングル1位を獲得したほか、ベストアルバム『The Immaculate Collection』が国内で360万枚を売り上げ、彼女のキャリアで最も成功したアルバムとなりました。
References
- Reached number 1 in 1986
- Reached number 1 in 1989
- Reached number 1 in 1989
- Reached number 3 in 1989
- Reached number 1 in 1989
- Reached number 1 in 1989