1979年のイギリス音楽界は、一つの時代の終焉と、次なる時代の胎動が同時に起こった極めて重要な転換点でした。年を通じてディスコ・ミュージックが圧倒的な人気を誇っていましたが、年末にかけてその勢いは衰え始めます。一方で、1980年代を席巻することになるシンセサイザー主導のサウンドや、新たなカルチャーが台頭し始めた年でもありました。
特に注目すべきは、ゲイリー・ニューマンやチューブウェイ・アーミーの登場によるエレクトロポップの浸透です。彼らがシングルおよびアルバムチャートで1位を獲得したことは、電子音楽がメインストリームへと躍り出た象徴的な出来事でした。また、ザ・スペシャルズやマッドネスといったバンドによる2トーン(スカとパンクを融合させたムーブメント)の台頭や、シュガーヒル・ギャングによるイギリス初のラップヒットなど、音楽的な多様性が急速に広がりました。
Key Facts
- 物理フォーマットの頂点: 1979年は、イギリスにおける物理的なシングル盤の売上が過去最高を記録した年である。
- 電子音楽の台頭: シンセサイザー・バンドが勢いを増し、次世代のポップミュージックの基礎が築かれた。
- ジャンルの交代: ディスコが依然として主流であったが、徐々に衰退の兆しを見せ始めた。
- 新ジャンルの流入: ラップや2トーンといった新しい音楽スタイルがチャートに食い込み始めた。
音楽界を揺るがした主要イベント
1979年は、伝説的なアーティストたちの重要な節目が重なった年でもありました。ロック界の巨人、レッド・ツェッペリンは8月にクネブワースでイギリス国内最後のコンサートを行い、一つの時代に幕を閉じました。また、ザ・フーはドラマーのキース・ムーンを失った後、ケニー・ジョーンズを迎え入れて初の公演を敢行しました。
ソロアーティストの動向も顕著でした。ケイト・ブッシュは初のライブツアー「The Tour of Life」を開始しましたが、これがその後35年間にわたる彼女の唯一のツアーとなりました。また、クリフ・リチャードは「We Don't Talk Anymore」で11年ぶり10回目となる全英1位を達成し、その根強い人気を証明しました。
私生活や国際的な活動では、エルトン・ジョンが海外ポップアーティストとして初めてイスラエルで公演を行ったほか、エリック・クラプトンがパティ・ボイドと結婚するなど、音楽シーン外でも大きな話題がありました。
1979年のヒットチャート分析
この年のチャートを振り返ると、ディスコ、ニューウェーブ、そして伝統的なポップスの混在が見て取れます。シングルチャートでは、アート・ガーファンクルの「Bright Eyes」が年間最大のヒットとなりました。また、ブロンディの「Heart of Glass」や「Sunday Girl」など、ニューヨークから流入したニューウェーブ・サウンドがイギリスで熱狂的に受け入れられました。
アルバム部門では、ブロンディの『Parallel Lines』やエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)の『Discovery』が上位を独占しました。特筆すべきは、ゲイリー・ニューマンの『The Pleasure Principle』が1位を獲得したことであり、これが後のシンセポップ時代の先駆けとなりました。
| カテゴリー | 代表的なアーティスト / 作品 | 傾向・特徴 |
|---|---|---|
| 年間ベストシングル | アート・ガーファンクル「Bright Eyes」 | バラードの強い支持 |
| 年間ベストアルバム | ブロンディ『Parallel Lines』 | ニューウェーブの浸透 |
| 新興トレンド | ゲイリー・ニューマン、チューブウェイ・アーミー | エレクトロポップの台頭 |
| 新ジャンル | シュガーヒル・ギャング、ザ・スペシャルズ | ラップ、2トーンの登場 |
多様な芸術形式への広がり
ポピュラー音楽以外でも、1979年は創造的な年でした。クラシック音楽ではウィリアム・ロイド・ウェバーやマルコム・ウィリアムソンが新作を発表し、オペラではピーター・マックスウェル・デイヴィスの『The Lighthouse』が上演されました。また、ミュージカル界ではアンドリュー・ロイド・ウェバーの『Tell Me on a Sunday』や、ブロードウェイで初演されたスティーヴン・ソンドハイムの『スウィーニー・トッド』など、後世に影響を与える作品が誕生しています。
映画音楽の分野では、リチャード・ロドニー・ベネットが映画『ヤンクス』を手がけ、ジェフリー・バーゴンが『モンティ・パイソン人生の意味』の音楽を担当するなど、映画と音楽の密接な連携が見られました。
Frequently Asked Questions
1979年のイギリス音楽で最も影響力のあったトレンドは何ですか?
エレクトロポップの台頭です。ゲイリー・ニューマンなどのアーティストがシンセサイザーを多用したサウンドでチャート1位を獲得し、これが1980年代の音楽シーンを支配する電子音楽ブームの土台となりました。
この年に物理的なシングル盤の売上がピークに達したのはなぜですか?
ディスコの絶頂期に加え、パンク後のニューウェーブや2トーンといった新しいムーブメントが次々と現れ、若年層のレコード購入意欲が非常に高かったためと考えられます。
1979年の年間チャートに一部のヒット曲が含まれていないのはなぜですか?
当時の集計機関(BMRB)が、年間の集計締め切りを12月初旬に設定していたためです。そのため、12月後半に1位となったピンク・フロイドの「Another Brick in the Wall (Part 2)」などが年間リストから漏れています。
2トーン・ムーブメントとはどのような音楽ですか?
ジャマイカのスカやレゲエに、イギリスのパンク・ロックの精神とエネルギーを融合させた音楽スタイルです。ザ・スペシャルズやマッドネスといったバンドがその先駆けとなりました。
ケイト・ブッシュの1979年のツアーにはどのような特徴がありましたか?
「The Tour of Life」という名称で行われたこのツアーは、彼女にとってキャリアで唯一の本格的なツアーとなりました。その後、彼女が再びライブを行うのは2014年のことまで、35年もの空白期間がありました。
References
- Reached number 5 in 1978
- Reached number 9 in 1981
- Reached number 4 in 1977
- Reached number 1 in 1980
- Reached number 6 in 1978
- Reached number 3 in 1978