「トナダ(Tonada)」という言葉は、スペイン語で「歌われるもの」「演奏されるもの」「踊られるもの」を指す広義の表現です。しかし、音楽学的な視点で見ると、この言葉はスペインおよびヒスパニック系アメリカ諸国(主にアルゼンチン、チリ、ペルー、ボリビア、ベネズエラ)に伝わる特定の民俗音楽スタイルを指します。
現代のスペインにおいては、アストゥリアス州やカンタブリア州に起源を持つ伝統的な楽曲として認識されています。一つの名称でありながら、地域によってその性質や役割は大きく異なり、それぞれの土地の文化や生活様式を色濃く反映しています。
Key Facts
- 広義の意味: スペイン語で歌や踊り全般を指すが、音楽学的には特定のジャンルを指す。
- スペインの起源: 主にアストゥリアスとカンタブリアに由来するとされる。
- 地域的特性: ベネズエラでは労働歌、チリでは哀愁漂う叙情歌、アルゼンチンではギター中心の楽曲として発展。
- 歴史的価値: ペルーのバロック時代には、消滅した言語(モチカ語)による楽曲も存在した。
地域ごとに異なるトナダの形態と特徴
ベネズエラの労働歌としてのトナダ
ベネズエラにおけるトナダは、単なる音楽ではなく、日々の労働に寄り添う「実用的」な歌としての側面が強いのが特徴です。家畜の乳搾り、農作業、放牧、狩猟、漁業、穀物の脱穀や製粉、収穫など、農村地帯のあらゆる作業に伴って歌われてきました。これらの歌は労働の儀式であると同時に、共同作業を行う人々の中での連帯感や共生精神を象徴しています。
音楽学者のルイス・フェリペ・ラモン・イ・リベラによれば、ベネズエラのトナダは単旋律(モノディ)的な体系を持ち、長い音符によって調性が確立されるのが特徴です。また、作業の内容(乳搾りや家畜の追い込みなど)に応じて、計測可能なリズムの中に叫び声や「ヒピオス(jipíos)」と呼ばれる独特の掛け声が挿入されます。地域によって音階は異なり、例えばタチラ州のコーヒー収穫歌とリャノ地方の追い込み歌では大きく趣が異なりますが、いずれも古風な性格を保持しています。このジャンルを世界に広め、保存に尽力した最大の功労者が、シンガーソングライターのシモン・ディアスです。
チリの叙情的なトナダ
現代のチリの農村部で親しまれているトナダは、非常にシンプルで緩やかなテンポの楽曲です。メロディの変化が少なく、ある種の「単調さ」を持つことが特徴で、テーマにはしばしば深い哀愁やメランコリーが漂います。こうした叙情的なスタイルが、チリの田舎や町々で広く愛されてきました。
アルゼンチンのトナダ
アルゼンチンにおけるトナダは、主にクヨ地方にルーツを持っています。一般的にギターのアンサンブルによって演奏される形式が主流となっています。
ペルーのバロック期におけるトナダ
17世紀のスペインやポルトガルで流行した世俗曲である「トノ・ウマノ(tono humano)」や「トナド(tonado)」とは区別されるのが、ペルーのバロック・トナダです。その具体例は『コーデックス・マルティネス・コンパニョン(Codex Martínez Compañón)』に見ることができます。特に「トナダ・デル・チモ(Tonada del Chimo)」は、当時すでに消滅していたモチカ語の歌詞で書かれた唯一のオリジナル楽曲として知られています。
トナダの地域別比較まとめ
| 地域 | 主な性格・用途 | 音楽的特徴 |
|---|---|---|
| スペイン | 伝統的な民俗音楽 | アストゥリアス、カンタブリアに起源 |
| ベネズエラ | 労働歌(実用的) | 単旋律、長い保持音、掛け声の挿入 |
| チリ | 叙情的な民謡 | スローテンポ、単調な旋律、哀愁漂うテーマ |
| アルゼンチン | 地域的な民俗曲 | クヨ地方由来、ギターグループによる演奏 |
| ペルー | バロック音楽 | 歴史的文書に記録、一部に先住民言語を使用 |
Frequently Asked Questions
トナダとは具体的にどのような意味の言葉ですか?
スペイン語の「トナダ」は、もともと「音色(tone)」に由来し、歌われたもの、演奏されたもの、あるいは踊られたもの全般を指す言葉です。しかし、音楽的な文脈では、スペインやラテンアメリカの特定の伝統的な音楽スタイルを指します。
ベネズエラのトナダにはどのような役割がありましたか?
主に農村での労働に伴う「労働歌」としての役割を持っていました。乳搾りや収穫などの作業効率を高めるだけでなく、共に働く人々との連帯感を強める社会的な機能も果たしていました。
チリのトナダはどのような雰囲気の曲ですか?
一般的にテンポが遅く、メロディの変化が少ないシンプルな構成です。全体的にメランコリックで哀愁を帯びた雰囲気が特徴的な楽曲です。
ペルーのバロック・トナダにどのような歴史的価値がありますか?
歴史的な記録である『コーデックス・マルティネス・コンパニョン』に記載されており、中にはすでに消滅していたモチカ語という言語で書かれた楽曲が含まれているため、言語学的・音楽史的に非常に貴重な資料となっています。
アルゼンチンのトナダはどこで発展しましたか?
主にアルゼンチンのクヨ地方で発展し、ギターを中心とした編成で演奏されるのが一般的です。
References
- Jane Magrath, Pianist's Guide to Standard Teaching and Performance Literature, page 448. "A tonada is a Spanish word meaning anything sung, played or danced. Rhythmic writing, mild dissonances, at the same approximate level as Turina Miniatures. The works are tonal and frequently use ostinatos containing tonal and modal..."
- Emily Kay Berquist, The science of empire: Bishop Martinez Companon and the ... page 29, The University of Texas at Austin, 2007. "The liner notes to the Música Temprana recording of Martínez Compañón's musical annotations, Al Uso de Nuestra Tierra, Chants et danses du baroque péruvien, confirms that 'the Tonada del Chimo is the only original music written to a text in the mochica language, a language that had already disappeared by the time of Martínez Compañón'."
- Raquel Barros y Manuel Dannemann, El romancero chileno, (Ediciones de la Universidad de Chile), 1970.
- Juan Eduardo Wolf, La Tonada Chilena: The History of a Musical Genre through Performance, 2007. "Employing one of the classic descriptions of a tonada, Barros and Dannemann state that the melody of a tonada is simple and monotonous. They state that the melodies use only small intervals and use this criterion to once again distinguish..."
- The World and its peoples: Paraguay, Argentina, Chile, Falkland Islands, 1966. "OTHER POPULAR AIRS: The Chilean countryside and towns each have their own brand of folk song. In rural areas the lyrical tonada Chilena is particularly popular. A tonada is divided..."
- Marianne Pickering, Chile: Where the Land Ends, (Benchmark Books) 1996. "A tonada is usually a slow-moving song with a melancholy theme. Thirty years ago, the Nueva Cancion (nu-WEH-vah kan-see-OWN), or 'New Song,' movement was started by Chilean musicians and poets. The writers protested against the..."