2001年に打ち上げられた火星探査機「マーズ・オデッセイ」には、火星表面の熱的特性や鉱物組成を詳細に分析するための強力なツール、THEMIS(熱放射イメージングシステム)が搭載されています。この装置は、可視光と赤外線の両方の波長を用いて火星を観測し、地表の物質がどのような性質を持ち、どのような地形で分布しているかを明らかにすることを目的としています。
THEMISは、アリゾナ州立大学の火星宇宙飛行施設によって運用されており、開発はレイセオン・テクノロジーズ社のサンタバーバラ・リモートセンシング部門が担当しました。その名称は、ギリシャ神話の正義の女神「テミス」に由来しています。

Key Facts
- 多波長観測:赤外線9波長(計10バンド)と可視光5バンドで火星をスキャン。
- 鉱物特定:放射率スペクトルを分析し、炭酸塩や硫酸塩など水に関連する鉱物を検出。
- 高解像度:赤外線で100m、可視光で18mという高い空間分解能を実現。
- 地質多様性の発見:玄武岩から花崗岩質岩まで、多様な火成岩の存在を証明。
- 着陸地点の選定:ヘマタイトの分布特定など、後続の探査機(オポチュニティなど)の目的地決定に貢献。
赤外線カメラによる熱的・化学的分析
THEMISの赤外線カメラは、火星表面から放出される熱エネルギーを検知します。具体的には、ケイ酸塩鉱物の特性を捉えるのに最適な6〜13マイクロメートルの範囲に8つのバンド、そして大気監視用の14.9マイクロメートルのバンドを備えています。なお、6.78マイクロメートルの波長は精度を高めるために2回測定されるため、実質的に10バンドの構成となっています。
得られたデータからは、「温度」と「放射率」という2つの重要な情報が抽出されます。日中の画像では太陽光を受けた斜面が明るく(高温に)写り、地形の起伏が強調されます。一方、夜間の画像では物質の粒径による温度差(熱慣性)が顕著に現れるため、地表の物理的な性質を推測することが可能です。
さらに、黒体曲線を用いて温度の影響を除去することで、物質固有の「放射率スペクトル」を導き出せます。これにより、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、酸化物などの鉱物を特定でき、特に水が存在して形成される鉱物の分布を地質学的な文脈で理解することが可能になります。
他の観測装置との連携と手法
THEMISは、火星全球探査機(MGS)に搭載されていた熱放射分光計(TES)のデータを補完するように設計されました。TESは波長分解能は非常に高いものの空間分解能が低かったため、THEMISが100mという高解像度で詳細な地点を特定することで、火山活動や熱水プロセス、水による変質などの局所的な堆積物を効率的に調査できるようになりました。

このような手法は、地球観測衛星「テラ」に搭載されたASTER(先進宇宙borne熱放射・反射放射計)でも採用されており、地上の岩石や土壌の鉱物分布マッピングに活用されています。

火星における岩石の多様性の発見
THEMISの観測により、火星には極めて多様な火成岩が存在することが判明しました。低シリカ玄武岩や高シリカデイサイト、カンラン石玄武岩、超マフィック(ピクライト)玄武岩、さらには石英を含む花崗岩質岩などが確認されています。
特に注目すべきはカンラン石の存在です。この鉱物はマントル由来の原始的なマグマに多く含まれますが、水分がある環境では速やかに風化します。そのため、カンラン石が地表に残っていることは、露出して以降の気候が乾燥していたことを示唆しています。また、クレーターの中央隆起部で見つかった石英含有岩は、かつて地下数キロメートルに埋もれていたものが衝突の衝撃で押し上げられたと考えられています。デイサイトの組成は、マグマ溜まりの中で結晶が沈殿する「分級結晶作用」が起きていた証拠であり、火星の地質学的複雑さを物語っています。

可視光カメラの役割と成果
THEMISは赤外線だけでなく、5つのバンドを持つ可視光カメラも搭載しています。空間分解能は18mに達し、セミトレーラーほどの大きさの物体を識別できる精度を持っています。これは、バイキング探査機の広域画像(150〜300m)と、MGSのMOC(1.5〜3m)の中間に位置する解像度です。
この可視光データは、過去の火山活動や液体の水の流れが残した地質学的記録を解析するために使用されます。また、赤外線データと組み合わせることで、将来のミッションにおける最適な着陸地点を選定するための重要な判断材料となります。
観測された主な地形的特徴
THEMISは火星の様々な領域(クアドラングル)で特筆すべき地形を捉えています。
- Oxia Palus / Coprates:浸食による深い穴や、水による浸食が疑われる樹枝状の流路、水和硫酸塩の堆積物などを検出。
- Lunae Palus / Margaritifer Sinus:Labeatis Fossaeなどの溝状地形や、Holdenクレーターの縁に見られる流路を詳細に撮影。
- Phoenicis Lacus:Arsia Mons火山周辺で、崩落した溶岩チューブや氷河活動によるモレーン(堆積堤)と思われる尾根を観測。
- Hellas / Memnonia:Reull Vallisなどの排水路や、流線型の島を持つMangala Vallisなどの河川チャネルを特定。
- その他:Elysium地域のCerberus Fossaeや、汚れた雪のような外観を持つTader Vallesの滑らかな物質などを確認。
装置仕様まとめ
THEMISは、高度な観測能力を持ちながら、極めて効率的な設計がなされています。
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 重量 | 11.2 kg |
| 外形寸法 | 54.5 x 37 x 28.6 cm |
| 消費電力 | 14 W |
| 赤外線分解能 | 100 m |
| 可視光分解能 | 18 m |
Frequently Asked Questions
THEMISは具体的にどのような鉱物を探しているのですか?
主に炭酸塩、ケイ酸塩、水酸化物、硫酸塩、無定形シリカ、酸化物、リン酸塩などを検出しています。特に水が存在して形成される鉱物を特定することで、火星の過去の水環境を調査しています。
赤外線画像で「温度」と「放射率」をどう使い分けていますか?
温度データは地形の起伏や物質の熱慣性(粒子の大きさなど)を調べるのに適しています。一方、温度の影響を除去して得られる放射率スペクトルは、その場所にある物質が何であるかという化学組成(鉱物種)を特定するために使用されます。
カンラン石が見つかったことは何を意味しますか?
カンラン石は水に触れるとすぐに風化するため、これが地表に存在し続けているということは、その場所が露出して以来、非常に乾燥した気候であったことを証明しています。
THEMISのデータは実際の探査にどう役立ちましたか?
例えば、Sinus Meridiani地域で水に関連する鉱物であるヘマタイトの分布を特定し、それを基に着陸地点を選定したことで、探査機オポチュニティが実際に水の証拠を発見することに繋がりました。
可視光カメラと赤外線カメラの使い分けは何ですか?
可視光カメラは18mという高解像度で地表の形態や地質学的記録を視覚的に捉えるのに適しており、赤外線カメラは100mの解像度で物質の熱的特性や鉱物組成という「目に見えない情報」を分析するのに適しています。
References
- Christensen, P. et al. 2005. Evidence for magmatic evolution and diversity on Mars from infrared observations. Nature: 436. 504–509.
- "Mars Odyssey: Technology". Archived from the original on 2009-01-25. Retrieved 2009-02-21.
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