The Evening Post:ウェリントンを彩った夕刊紙の歴史と変遷
ニュージーランドの首都ウェリントンにおいて、長きにわたり市民の生活に密着した情報源として君臨したのがThe Evening Postです。1865年の創刊から2002年に幕を閉じるまで、この夕刊紙は地域のニュースを伝え続け、都市の発展と共に歩んできました。
Key Facts
- 創刊日:1865年2月8日
- 創設者:ダブリン出身のヘンリー・ブランデル
- 形態:ウェリントンを拠点とする都市型日刊夕刊紙
- 統合:1972年にThe Dominionと経営統合し、Independent Newspapers Limitedを設立
- 最終発行日:2002年7月6日
- 現在の姿:その後「The Dominion Post」を経て、現在は「The Post」として存続
創刊とブランデル家の情熱
The Evening Postの物語は、1863年に家族と共にニュージーランドへ渡ったアイルランド・ダブリン出身の印刷業者、ヘンリー・ブランデルから始まります。彼は当初、ハブロックでデビッド・カーレと共に事業を試みますが、これは短期間で終了しました。
その後、ヘンリーは3人の息子たちの協力を得て、手動の印刷機を用いてウェリントン初の日刊紙であるThe Evening Postを1865年2月8日に発行しました。1894年には「Blundell Bros Limited」として法人化され、ブランデル家の後継者たちがこの事業を継承。地域内で圧倒的な発行部数を誇る成功を収めました。

メディア環境の変化と経営の統合
多くの地域で夕刊紙が衰退していく中、The Evening Postは驚異的な粘り強さで読者数を維持しました。しかし、時代の流れに伴い、1972年には保守的な傾向を持つ朝刊紙「The Dominion」との経営統合が決定します。これにより、新持株会社であるIndependent Newspapers Limitedが誕生しました。
興味深いことに、The Dominionを所有していたWellington Publishing Company Limitedは、1964年の時点で、後に世界的なメディア帝国を築くルパート・マードック氏(ニュースコーポレーション)が国際展開を始めた初期の拠点の一つとなっていました。

終焉から現代への継承
137年以上の歴史を誇ったThe Evening Postは、2002年7月6日の午後を最後に、その歴史に幕を閉じました。翌日からは、姉妹紙であったThe Dominionが名称を変更し、「The Dominion Post」として再出発しました。
その後、2003年6月末にマードック氏の出版事業はオーストラリアのFairfax社に売却され、その資金はニュージーランドのSky Network Television Limitedへ投資されました。そして2023年4月、The Dominion Postはさらに名称を変更し、現在はシンプルに「The Post」と呼ばれています。
| 年 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1865年 | 創刊 | ヘンリー・ブランデルによりウェリントン初の日刊紙として発行 |
| 1894年 | 法人化 | Blundell Bros Limitedとして運営 |
| 1972年 | 経営統合 | The Dominionと統合しIndependent Newspapers Limitedを設立 |
| 2002年 | 発行終了 | 7月6日に最終号を発行し、The Dominion Postへ移行 |
| 2023年 | 名称変更 | The Dominion Postから「The Post」へ改称 |
Frequently Asked Questions
The Evening Postはどのような新聞でしたか?
ニュージーランドのウェリントンを拠点としていた都市型の夕刊紙で、1865年から2002年まで発行されていました。
創設者は誰ですか?
ダブリン出身の印刷業者であり、新聞編集・管理の経験を持つヘンリー・ブランデルです。
なぜ発行を終了したのですか?
具体的な終了理由は明記されていませんが、1972年に朝刊のThe Dominionと統合しており、最終的に2002年に統合後の体制へと完全に移行したためです。
現在の後継紙は何という名前ですか?
2002年に誕生した「The Dominion Post」を経て、2023年4月からは「The Post」という名称で運営されています。
ルパート・マードック氏との関係は?
The Evening Postの統合相手であったWellington Publishing Company Limitedが、1964年時点でマードック氏の国際的な事業展開の初期段階の一部となっていました。
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