ステリクトロイエンデ(強い信者)の歴史と信仰
ノルウェーの宗教史において、独自の道を歩んできた保守的なキリスト教グループが存在します。それがステリクトロイエンデ(Sterktroende、日本語で「強い信者」の意)です。彼らはもともとノルウェー国教会(ルター派)にルーツを持ちながらも、神学的な見解の相違から1890年に教会を離脱しました。彼らの信仰の核心には、人間の行いよりも神の恩寵を絶対視する強い信念があります。
Key Facts
- 起源:19世紀半ば、ノルウェーのロガラン地方で誕生。
- 指導者:農民の息子であり平信徒説教者であったクヌート・スポデヴォルドが創始。
- 核心的教義:悔い改めや聖化よりも、「信仰」と「義認(信仰によって正しいとされること)」を重視。
- 特徴:他派との交流を避ける排他的な傾向があり、古い礼拝習慣や賛美歌を維持している。
- 特異点:厳格な信仰を持つ一方で、アルコール摂取に対しては寛容な歴史を持つ。
信仰の成り立ちと神学的対立
この運動の基礎を築いたのは、クヌート・スポデヴォルド(1791–1848)です。彼は1848年に著書『神の恩寵の配分(Guds nådes husholdning)』を出版し、自身の聖書解釈を明確に打ち出しました。
当時、ノルウェーではハンス・ニールセン・ハウゲによる敬虔主義的なリバイバル運動が盛んでしたが、スポデヴォルドはこれに強く反対しました。ハウゲが「行い」の重要性を説いたのに対し、スポデヴォルドは信仰による救いこそがすべてであると主張。一度神の子供となった者は、決してその恩寵の状態から脱落することはないと説きました。
コミュニティの特性と伝統
ステリクトロイエンデは、外部に対して非常に閉鎖的な傾向があることで知られています。エキュメニカル(教会統合的)な集まりには一切参加せず、独自の伝統を固守しています。具体的には、1699年にトーマス・キンゴが編纂したデンマークの賛美歌集など、古い形式の礼拝様式を今に伝えています。
興味深い点として、当時の他のキリスト教団体が禁欲的であったのに対し、彼らは飲酒に対して寛容であったことが挙げられます。創設者たちが説教中に酒を飲むこともあったという記録が残っています。
組織の分立と現在の状況
運動の初期には4つの分派が存在していましたが、そのうちの一つ「旧ルター派共同体(Det gammel Lutherske-Samfund)」は、1925年に分離した後、1958年に再び国教会へと戻りました。
現在、クリスチャンサンやエゲルスン周辺では「サムフンデ(Samfundet、共同体)」という名称で3つのグループが活動しています。
| グループ名(通称) | 名称の由来・特徴 | 設立・背景 |
|---|---|---|
| サムフンデ(ロメレンダー) | 1880年代の指導者ベルント・B・ロメランドに由来 | 主要分派の一つ |
| デ・アルミンデリゲ・サムフンデ(ペラネ) | ペル・グラヴダルに由来。「普遍的な共同体」を意味する | 1901年設立 |
| デ・アルミンデリゲ・ルタースケ・サムフンデ(ラルサネ) | 創設者アブラハム・ラルセンに由来 | 1952年に上記ペラネから分離 |
Frequently Asked Questions
ステリクトロイエンデとはどのような人々ですか?
ノルウェーのルター派教会から分かれた、神学的に非常に保守的なキリスト教徒のグループです。信仰による救いを絶対視し、伝統的な礼拝形式を大切にしています。
彼らが他のキリスト教団体と対立した理由は何ですか?
主に「行い」を重視する敬虔主義(ハウゲ運動など)への反発です。彼らは、救いは人間の努力や行いではなく、神の恩寵と信仰のみによって得られると考えていました。
現在も活動しているのでしょうか?
はい。現在は「サムフンデ(共同体)」という名称のもと、クリスチャンサンやエゲルスンなどの地域で、いくつかの分派に分かれて活動を続けています。
彼らの生活様式に特徴はありますか?
外部との交流を制限する排他的な側面がある一方で、歴史的にアルコール摂取に対して寛容であるという、他の保守的キリスト教グループとは異なる特徴を持っています。