私たちの身の回りには、力を加えることでサラサラになり、静止するとドロリと固まる不思議な液体が存在します。このような、剪断歪み(せんだんひずみ)が加わることで粘度が低下する非ニュートン流体の挙動を剪断減粘(シアシニング)と呼びます。これは工業製品から食品まで幅広く見られる現象であり、現代の材料設計において極めて重要な特性です。
Key Facts
- 定義: 剪断速度が増加するにつれて、流体の見かけの粘度が減少する現象。
- 主な対象: 高分子溶液、溶融ポリマー、血液、塗料、ケチャップなどの複雑な流体。
- メカニズム: 分子鎖の解きほぐれや粒子配列の再編により、流動抵抗が減少することで起こる。
- 区別: 時間依存性のない挙動を「擬塑性」と呼び、回復に時間を要するものを「チキソトロピー」と区別する。
剪断減粘が起こる物理的理由
なぜ力を加えると粘度が下がるのでしょうか。その理由は、流体内部の微視的な構造変化にあります。低分子の純粋な液体や単純な溶液ではこの現象は起きませんが、複雑な構造を持つ流体では顕著に現れます。
例えば、高分子(ポリマー)系では、静止状態では長い分子鎖が複雑に絡み合い、ランダムな方向を向いています。しかし、強い剪断力が加わると、これらの分子鎖が解きほぐされ、流れの方向に沿って整列します。これにより分子同士の相互作用が減り、自由空間が増えるため、結果として粘度が低下します。また、コロイド系では流れに伴う相分離がこの挙動を引き起こします。

粘度変化を記述する数学的モデル
剪断減粘の挙動は、剪断速度に対する粘度の変化としてグラフ化されます。非常に低い剪断速度では、絡まりの影響を受けないゼロ剪断粘度(η₀)となり、逆に非常に高い速度では、完全に解きほぐされた状態の無限剪断粘度(η∞)というプラトー(一定値)に達します。
パワーロー(べき乗則)モデル
多くのポリマーシステムにおける線形領域は、「オストワルド・ド・ウェール(Ostwald-de Waele)のべき乗則」で表現されます。このモデルでは、剪断応力(τ)と剪断速度(γ˙)の関係を指数 n を用いて定義します。n が 1 より小さい場合に剪断減粘(擬塑性)となり、逆に 1 より大きい場合は剪断増粘(ダイラタント)挙動を示します。

ハーシェル・バルクリーモデル
一部の流体、例えばシリカナノ複合材料などは、流れ始めるまでに一定以上の力が必要な「ビンガム塑性」という特性を持ちます。このような、初期の閾値(降伏応力)を持つ剪断減粘流体を記述するために、パワーローに閾値を加えた「ハーシェル・バルクリーモデル」が用いられます。
チキソトロピーとの決定的な違い
剪断減粘と混同されやすい概念にチキソトロピーがあります。両者の最大の違いは「時間依存性」の有無です。剪断減粘(擬塑性)は、力を取り除いた瞬間にほぼ即座に元の粘度に戻ります。一方でチキソトロピーは、構造の回復に測定可能な時間を要するため、攪拌後もしばらくの間粘度が低い状態が持続します。同一の液体の中で、これら両方の特性が同時に現れることもあります。
日常生活における具体例
剪断減粘の特性は、私たちの生活を便利にする多くの製品に活用されています。
- 壁用塗料: ブラシやローラーで塗る際は剪断力がかかるため粘度が下がり、均一に塗り広げることができます。塗布後はすぐに粘度が戻るため、液だれや垂れを防ぐことができます。
- ケチャップ: ボトルの中ではどろどろとしていますが、振ったり叩いたりして刺激(剪断力)を与えると、急に流れやすくなります。
- ホイップクリーム: ガス缶から噴射される際は高速で流れるため低粘度となりスムーズに出ますが、スプーンに乗った後は静止状態となり、高い粘度によって形状を維持します。
| 流体タイプ | 剪断速度の影響 | 時間依存性 | 代表例 |
|---|---|---|---|
| ニュートン流体 | 粘度は不変 | なし | 水、低分子溶液 |
| 剪断減粘(擬塑性) | 粘度が低下 | なし(即時回復) | 塗料、血液 |
| チキソトロピー | 粘度が低下 | あり(緩慢な回復) | 一部のゲル、泥 |
| 剪断増粘 | 粘度が上昇 | なし | 水溶き片栗粉 |
Frequently Asked Questions
剪断減粘と擬塑性は同じ意味ですか?
一般的にほぼ同義として扱われますが、厳密には剪断減粘は「剪断によって粘度が下がる現象」全般を指し、擬塑性はその中でも特に時間依存性のない挙動を指します。
なぜ水や塩水では剪断減粘が起きないのですか?
水や単純な塩水のような低分子液体には、解きほぐされたり整列したりするような複雑な内部構造(長い分子鎖やネットワーク)が存在しないためです。
血液も剪断減粘流体なのですか?
はい。血液は複雑な流体であり、血管内を流れる際の剪断速度に応じて粘度が変化する特性を持っています。
パワーローモデルの指数「n」は何を意味しますか?
流体の挙動を決定する指標です。n < 1 であれば剪断減粘、n = 1 であればニュートン流体、n > 1 であれば剪断増粘であることを示します。
チキソトロピーと剪断減粘をどう見分ければいいですか?
力を止めた後の「回復時間」を確認してください。瞬時に元の粘度に戻れば剪断減粘、時間をかけてゆっくり戻ればチキソトロピーと判断できます。
References
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