工業製品の耐久性を左右する「耐食性」を評価するために、世界的に広く採用されているのが塩水噴霧試験(ソルトスプレーテスト)です。この試験は、金属材料やその表面に施されたコーティングが、塩分を含む過酷な環境下でどの程度の耐性を持つかを短期間で判定する加速腐食試験の一種です。
主に金属材料が対象となりますが、セラミックスやポリマー、石材などの評価に用いられることもあります。基本的には、下地の金属を保護するための表面処理(塗装やメッキなど)が適切に機能しているかを確認することが目的です。

Key Facts
- 目的:表面処理の品質維持や、異なるコーティング間の相対的な耐食性の比較。
- 仕組み:密閉されたチャンバー内で塩水溶液を霧状に噴霧し、腐食を加速させる。
- 主要規格:ASTM B117、ISO 9227、JIS Z 2371、ASTM G85などが世界的に利用されている。
- 限界:実際の自然環境を完全に再現するものではないため、実寿命の正確な予測には不向きである。
塩水噴霧試験の仕組みと装置
試験は、専用の密閉キャビネット(試験槽)の中で行われます。加圧空気を用いて5%の塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を微細な霧状に噴霧し、試料を激しい腐食環境にさらします。一般的に、チャンバーの容量が大きいほど、内部の環境が均一になり、試験の信頼性が高まるとされています。

試験溶液の種類は、評価したい材料や目的に応じて使い分けられます。最も一般的なのがNSS(中性塩水噴霧)で、pH 6.5〜7.2の中性域に調整された溶液を使用します。一方、装飾用メッキ(クロムメッキなど)の評価には、酢酸を加えたASS(酢酸塩水噴霧)や、さらに塩化銅を加えたCASS(塩化銅加速塩水噴霧)といった酸性溶液(pH 3.1〜3.3)が用いられます。
なお、CASS試験後のチャンバーは洗浄が非常に困難であるため、ISO 9227などの規格では、CASS用とNSS用の装置を混用することを推奨していません。これは、残留した化学物質によるクロスコンタミネーション(相互汚染)を防ぐためです。

産業界における活用目的と限界
この試験が普及している最大の理由は、低コストで短期間に結果が得られ、標準化されているため再現性が高い点にあります。しかし、重要なのは、この試験が「実環境での寿命予測」ではなく、「製造プロセスの品質管理」に主眼を置いていることです。
例えば、自動車部品の塗装工程において「NSS試験で96時間耐えること」という基準がある場合、これを下回った時点で前処理や塗装の化学プロセスに異常があったと判断し、即座に改善策を講じることができます。このように、期待される耐食性と実際の性能を迅速に比較し、合否判定を行う品質監査の役割を担っています。
一方で、溶融亜鉛めっき(ドブづけ)のような処理は、自然環境下では炭酸亜鉛の保護皮膜を形成しますが、塩水噴霧試験ではこの皮膜が形成されないため、正確な評価ができません。より実環境に近い評価が必要な場合は、サイクル腐食試験(CCT)への移行が推奨されます。
ASTM G85に基づく「修正塩水噴霧試験」
連続的に塩水を噴霧する基本試験とは異なり、温度や湿度、溶液を周期的に変化させる「修正塩水噴霧試験」が存在します。これはASTM G85規格に定義されており、より自然な腐食サイクルを模倣して加速させる手法です。
主な修正試験(Annex A1〜A5)
- Annex A1 (ASS):酢酸塩水溶液を用い、35℃の一定条件下で連続噴霧。装飾クロムメッキなどの評価に使用。
- Annex A2 (MAST):酢酸塩水噴霧、乾燥、高湿度の3ステップを49℃で繰り返すサイクル試験。アルミ合金向け。
- Annex A3 (SWAAT):酸性合成海水噴霧と高湿度状態を49℃で繰り返す。アルミ合金やその他の金属向け。
- Annex A4 (SO2):塩水噴霧に二酸化硫黄(SO2)ガスを組み合わせ、酸性雨などの環境を再現。
- Annex A5 (PROHESION):常温での希電解質塩水噴霧と、35℃での乾燥を繰り返す。鋼材の塗装評価に多用。





適用可能なコーティングと評価基準
本試験は、以下のような多様な表面処理の評価に適用されます。
- リン酸塩処理(前処理)後の塗装・プライマー・防錆剤
- 亜鉛および亜鉛合金めっき(電気めっき)
- クロム、ニッケル、銅、スズの電気めっき
- ジンクフレークコーティング(非電解処理)
- 有機コーティングおよび各種塗料
評価期間は、数時間(リン酸塩処理鋼など)から1,000時間以上(特定のジンクフレークコーティングなど)まで幅広く設定されます。判定基準は、白錆(亜鉛などの腐食生成物)や赤錆(下地鋼材の腐食)の発生時間によって定義されます。


| 試験種類 | 主な溶液 | pH値 | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| NSS (中性) | 5% NaCl溶液 | 6.5 〜 7.2 | 汎用的な耐食性評価 | 最も一般的で標準的な手法 |
| ASS (酢酸) | 酢酸添加塩水 | 3.1 〜 3.3 | 装飾用クロムめっき | 酸性環境による加速腐食 |
| CASS (塩化銅) | 酢酸+塩化銅添加塩水 | 3.1 〜 3.3 | 銅・ニッケル・クロムめっき | 非常に強力な加速性能 |
| ASTM G85系 | 各種(合成海水等) | 変動あり | アルミ合金・塗装鋼材 | 温度・湿度のサイクル制御 |
Frequently Asked Questions
塩水噴霧試験の結果から、製品の実際の寿命を予測できますか?
いいえ、困難です。この試験は実環境の腐食メカニズムを完全に再現しているわけではなく、あくまで加速的に腐食させるものです。そのため、試験時間と実寿命の間に直接的な相関関係があるとは限らず、主に製品間の相対的な比較や工程管理に利用されます。
NSS、ASS、CASSの使い分けはどうすればよいですか?
一般的な鋼材や汎用的な耐食性確認にはNSSを用います。装飾的なクロムめっきなどの評価にはASS、より厳しい条件で銅・ニッケル・クロムめっきの耐食性を短時間で判定したい場合にはCASSを選択します。
なぜ溶融亜鉛めっき(ドブづけ)には不向きなのですか?
溶融亜鉛めっきは、自然環境下で空気中の二酸化炭素と反応して「炭酸亜鉛」という安定した保護皮膜を作ります。しかし、塩水噴霧試験の環境下ではこの皮膜が形成されないため、実際の性能よりも著しく低い結果が出る傾向があるためです。
ASTM B117とISO 9227の違いは何ですか?
どちらも世界的に認められた標準規格であり、試験方法や条件は非常に似ていますが、管理項目や推奨事項に細かな違いがあります。例えば、ISO 9227ではCASS試験後の装置洗浄についてより具体的な推奨を行っています。適用すべき規格は、顧客との合意や業界標準に従って選択します。
References
- Information on ASTM G85 methods
- al., Robert Baboian, editor ; section editors, Robert Baboian ... et (2004). Corrosion tests and standards : application and interpretation (2nd ed.). West Conshohocken, PA: ASTM International. pp. 132–134. .
{{}}:|first1=has generic name ()CS1 maint: multiple names: authors list () - ASTM G85 Standard
- ASTM B117 Test Conditions
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