ミズーリ州に位置するセントルイス大学(SLU)は、単なる教育機関ではなく、アメリカ西部の知的・精神的な発展を牽引してきた先駆的な存在です。19世紀初頭の創立以来、同校はカトリックの伝統を守りながらも、時代の要請に合わせてその姿を変え、医学、法学、航空学など多岐にわたる分野で「全米初」や「西部初」の快挙を成し遂げてきました。
主要な事実(Key Facts)
- 西部初の高等教育機関: 1818年に設立され、ミシシッピ川以西で最初期の教育拠点となった。
- 学問的先駆性: 西部初の大学院、医学部、法学部、ビジネススクールを設立。
- ガバナンスの転換: 1967年にカトリック大学としていち早く、聖職者ではない「信徒(レイパーソン)」主導の理事会体制へ移行した。
- 社会正義への取り組み: 1944年にミズーリ州の大学として初めてアフリカ系アメリカ人の入学を正式に認めた。
- 歴史的遺産: キャンパス最古の建物であるデュブール・ホール(DuBourg Hall)を現在も保持している。
創立期とイエズス会による発展
セントルイス大学のルーツは、1818年11月16日にルイ・ウィリアム・バレンタイン・デュブール司教によって設立された「セントルイス・アカデミー」にあります。当初はミシシッピ川近くの私邸に置かれ、司教の個人蔵書8,000冊を教材として活用していました。1820年には「セントルイス・カレッジ」へと名称を変更し、その後1827年にイエズス会(カトリックの教育・宣教団体)に運営が委ねられました。
特にピーター・フェルハーゲン氏は、フロンティア地域のニーズを反映したカリキュラムの設計や医学部の設立を主導し、大学の基盤を固めました。彼の指導下で、大学はカトリックの精神を深めつつも、プロテスタントの教職員や学生、さらには市からの資金援助による貧困層の少年たちへの教育など、開かれた姿勢を示していました。
キャンパスの変遷と激動の時代
1829年、大学は現在の「アメリカズ・センター」があるワシントン通りと9番街の交差点へと移転しました。

しかし、この成長の裏には暗い歴史もありました。創設者たちは、ヘイゼルウッドの聖スタニスラウス神学校から強制的に連れてこられた黒人奴隷たちを、大学の建設や維持のための労働力として利用していました。
南北戦争後、大学はさらなる拡大を目指し、現在のノースキャンパスとなるミッドタウンの「リンデルズ・グローブ」を購入しました。1889年には、キャンパス最初の建物であるデュブール・ホールが完成し、公式に移転が完了しました。また、1884年から建設が始まったセント・フランシス・ザビエル大学教会は、1898年に全容が完成し、キャンパスの象徴となりました。

現在、デュブール・ホールは歴史的な建築物として大切に保存されています。

近代化と組織体制の変革
20世紀に入ると、大学は社会的な差別撤廃への取り組みを強めます。1944年、教授のクロード・ハイタウスらが人種隔離政策を強く批判し、パトリック・ホロラン学長の尽力によって、ミズーリ州の大学として先駆けてアフリカ系アメリカ人の受け入れを開始しました。
また、1967年には大きな組織改革が行われました。当時の法的な助成金制度の変化や、第2バチカン公会議による信徒の役割重視の流れを受け、理事会の過半数を聖職者ではない一般信徒が占める体制へと移行しました。これにより、大学運営における世俗的な視点と専門性が強化されました。
近年の医療分野では、1997年に大学病院をテネット・ヘルスケアに売却し、その後2015年にSSMヘルスシステムが運営を引き継ぐなど、運営形態の最適化を図っています。2023年時点で、40名のイエズス会士が教育や奉仕に従事しています。
過去との向き合いと和解
2016年、大学は過去に奴隷として労働を強いられた人々について公表し、その歴史を明らかにしました。ルイ・ショーヴァンや、ニグロリーグで活躍したシルベスター・ショーヴァンなどの名が挙げられています。現在、遺族らによる団体「セントルイス大学奴隷の子孫たち」は、先祖の貢献を称える記念碑の設置を求めており、過去の過ちを記憶し、和解へと向かうプロセスが進んでいます。
歴史的マイルストーン一覧
| 年 | 実績・出来事 |
|---|---|
| 1818年 | ミシシッピ川以西で最初の高等教育機関として設立 |
| 1832年 | 西部初の大学院プログラムを開始 |
| 1836年 | 西部初の医学部を設立 |
| 1843年 | 西部初の法学部を開設 |
| 1906年 | アメリカンフットボール史上初のフォワードパスを記録 |
| 1908年 | 女子学生の入学を許可 |
| 1910年 | 西部初のビジネススクールを設立 |
| 1927年 | 連邦政府公認の航空学校を初開設 |
| 1944年 | ミズーリ州で初めてアフリカ系学生の入学を正式に認める |
| 1967年 | 理事会に信徒と聖職者の共同責任体制を導入した主要カトリック大学の先駆けとなる |
| 1972年 | 中西部で初となる心臓移植手術を実施 |
| 2013年 | 世界で初めて航空学の博士号(Ph.D.)を授与 |
よくある質問(FAQ)
セントルイス大学はどのような宗教的背景を持っていますか?
カトリックのイエズス会によって運営されてきた歴史を持ち、現在もその精神を継承しています。ただし、1967年以降は理事会の構成を信徒中心に移行させるなど、宗教的伝統と現代的な大学運営のバランスを追求しています。
大学が「西部初」とされる理由は?
1818年の創立当時、ミシシッピ川以西の地域には高等教育機関がほとんどなかったため、大学院や医学部、法学部などの専門教育をこの地域でいち早く提供した先駆者となったためです。
人種差別に関する過去の経緯はどうでしたか?
創設期には奴隷労働を利用していた歴史があり、また20世紀半ばまで人種隔離政策が存在していました。しかし、1944年にはミズーリ州の大学で先駆けてアフリカ系学生の入学を認め、現在は過去の奴隷制に関する事実を公表し、遺族との和解に取り組んでいます。
現在のキャンパスの歴史的な建物は何ですか?
1889年に完成したデュブール・ホールがキャンパス最古の建物です。また、1898年に完成したセント・フランシス・ザビエル大学教会も重要な歴史的建築物として知られています。
航空学におけるどのような実績がありますか?
1927年に連邦政府公認の航空学校を設立し、さらに2013年には世界で初めて航空学の博士号(Ph.D.)を授与するなど、航空分野の教育において世界的な先駆者となっています。
📸 フォトギャラリー


