ラジェシュ・チャンドラ教授の経歴と南太平洋大学での波乱の足跡
フィジーの学術界において、長年にわたり指導的な役割を果たした人物にラジェシュ・チャンドラ教授がいます。彼は複数の大学でトップとしての経験を持ち、地域の高等教育の発展に寄与した一方で、その任期後には組織運営を巡る激しい議論の渦中に置かれました。
主要な経歴と実績
チャンドラ教授のキャリアは、南太平洋地域の教育拠点である南太平洋大学(USP)での長きにわたる勤務から始まります。1975年から2005年まで同大学に身を置き、地理学科の学科長や社会経済開発スクールの責任者を歴任しました。また、副学長として9年間にわたり大学運営の中核を担い、学術担当プロ副学長や計画開発局長などの要職を歴任しています。
その後、2005年2月には新設されたフィジー大学の初代副学長に就任し、大学の基盤構築に尽力しました。さらに、南太平洋大学(USP)の副学長兼総長として2018年12月までその職を務め、退任後にはフィジー国立大学の総長(2019年4月〜2020年1月)に任命されましたが、健康上の理由により早々に退任しています。彼は2023年11月16日、長期の闘病生活の末に逝去しました。
南太平洋大学(USP)における論争とガバナンス問題
チャンドラ教授の任期中および退任後、南太平洋大学では深刻なガバナンス(組織統治)の問題が浮上しました。在任中の2013年6月には、汚職や権限乱用の疑いについて調査を受けましたが、当時の大学評議会によって疑惑は否定されました。
しかし、2018年12月に後任のパル・アルワリア教授が就任すると、状況は一変します。アルワリア教授は、チャンドラ教授の在任期間中に、特定の管理職への不当な昇進や過剰な給与支払い、手当の組織的な不正利用など、数百万ドル規模の権限乱用があったと主張しました。ニュージーランドの会計事務所BDOによる調査でこれらの疑惑の多くが裏付けられたものの、報告書は大学評議会によって伏せられました。
この不透明な運営と管理不備を巡るスキャンダルは国際的なメディアでも報じられ、大きな波紋を呼びました。さらに、フィジー政府による大学運営への介入に対する抗議として、大学評議会はUSPの本部をフィジーからサモアへ移転させるという異例の決定を下すに至りました。
主要事実まとめ
- 多岐にわたる指導的役職:フィジー大学の初代副学長、南太平洋大学(USP)の副学長兼総長、フィジー国立大学の総長を歴任。
- USPでの長期貢献:1975年から2005年までUSPに勤務し、地理学や社会経済開発の分野で指導的な役割を果たした。
- 運営上の疑惑:退任後、後任者により数百万ドル規模の権限乱用や不適切な給与支払いの疑いが指摘された。
- 組織的な影響:ガバナンス問題と政府介入への反発により、USPの本部がフィジーからサモアへ移転した。
| 期間 | 機関・役職 | 備考 |
|---|---|---|
| 1975年 - 2005年 | 南太平洋大学 (USP) スタッフ | 学科長、副学長などを歴任 |
| 2005年2月 - | フィジー大学 初代副学長 | 新設大学の立ち上げを主導 |
| - 2018年12月 | 南太平洋大学 (USP) 副学長兼総長 | 任期終了後に運営問題が浮上 |
| 2019年4月 - 2020年1月 | フィジー国立大学 総長 | 健康上の理由により退任 |
よくある質問
ラジェシュ・チャンドラ教授とはどのような人物でしたか?
フィジーの著名な学者であり、フィジー大学の初代副学長や南太平洋大学(USP)の総長など、地域の主要な高等教育機関でトップを務めた教育行政のリーダーです。
南太平洋大学(USP)でどのような問題が起きたのですか?
チャンドラ教授の退任後、後任の総長によって、在任中の不適切な昇進や手当の不正利用など、多額の資金が関わる権限乱用の疑いが指摘されました。
BDO報告書とは何ですか?
ニュージーランドの会計事務所BDOがUSPの運営について行った調査報告書です。多くの不正疑惑を裏付ける内容であったとされていますが、当初は大学評議会によって非公開とされていました。
なぜUSPの本部がサモアに移転したのですか?
大学内部のガバナンス問題に加え、フィジー政府が大学の管理運営に介入したことへの抗議として、独立性を維持するためにサモアへの移転が決定されました。
チャンドラ教授はいつ亡くなりましたか?
長期間の闘病生活を経て、2023年11月16日に逝去されました。