Radio Selvaとティト夫妻:地域報道への情熱と直面した危機

エクアドルのアンデス高地に位置するナポ州の町、バエサ。かつてこの辺境の地には、住民に情報を届ける地元メディアが一つも存在しませんでした。そんな状況を変えるため、2001年に設立されたのがRadio Selva(ラジオ・セルバ/「ジャングルのラジオ」の意)です。創設者のティト氏と妻のエルビラ・デル・ピラール・ノレ氏は、地域社会に根ざした報道を通じて、バエサやキホス郡の人々に不可欠な情報を届けてきました。

ティト氏は朝の番組「Buenos días, América」のホストを務め、ノレ氏はプロデューサーとして放送を支えました。彼らは家族と共にこの地に根を下ろし、長年にわたり地域コミュニティの代弁者として活動してきましたが、ある調査が彼らの運命を大きく変えることになります。

Key Facts

  • Radio Selvaの設立: 2001年にエクアドル・ナポ州のバエサで、地域初のメディアとして創設。
  • 危機のきっかけ: 2022年から開始した、若者の間で深刻化したコカイン依存と薬物密売に関する調査報道。
  • 権力への追及: 薬物密売組織だけでなく、地元政治家や警察の関与についても懸念を表明。
  • 避難の経緯: 脅迫や襲撃を受け、エクアドル国内の複数都市を経て、最終的にコロンビアへ避難。
  • 現在の状況: 2024年9月にカナダへの亡命が認められ、現在はカナダから放送を継続。

真実の追及と激化する脅迫

2022年、ティト夫妻は町で急増する若者の薬物中毒問題に危機感を抱き、薬物密売の実態調査に着手しました。彼らは親たちへのインタビューを行い、ディーラーの集結場所や薬物の保管倉庫を特定して報じました。さらに、この犯罪ネットワークに地元の警察や政治家が深く関わっている可能性を指摘し、社会に警鐘を鳴らしました。

2023年8月、夫妻は詳細な調査ファイルを当局に提出しましたが、その報告は即座に却下されました。これを機に、彼らへの攻撃が激化します。自宅への侵入窃盗が発生したほか、ティト氏は娘たちの目の前で銃を突きつけられるという衝撃的な脅迫を受けました。さらに、24時間以内に町を去るよう匿名で警告されたことで、彼らは住み慣れた故郷を離れざるを得なくなりました。

国境を越えた逃避行とカナダへの亡命

非政府組織(NGO)の支援により、夫妻と子供たちはまずエクアドル国内の別の州へ避難し、そこでもRadio Selvaの放送を維持しました。しかし、居場所が漏洩した疑いがあり、自宅周辺をバイクに乗った集団が徘徊し始めたため、2023年11月に再び別の都市へ移動。同年12月には、国境を越えてコロンビアへと逃れました。

2024年1月、エクアドル政府と組織犯罪グループの間で激しい武力衝突が発生し、多くの国民がコロンビアへ避難する混乱の中、夫妻はさらに安全なコロンビア国内の都市へと移住しました。その後、一連の迫害を経て、2024年9月にカナダ政府から亡命が認められました。

現在、ティト夫妻はカナダの自宅からRadio Selvaの運営を続けており、1日2本のニュース番組を制作し、今なおジャーナリストとしての使命を果たしています。

Radio Selvaの歩みまとめ

Radio Selvaとティト夫妻の年表
時期 出来事 場所
2001年 Radio Selvaを設立し、地域報道を開始 エクアドル・バエサ
2022年 薬物密売および当局の関与に関する調査を開始 エクアドル・バエサ
2023年8月 調査報告を当局に提出するも却下され、脅迫が始まる エクアドル・バエサ
2023年11月〜12月 国内避難を経てコロンビアへ脱出 エクアドル → コロンビア
2024年9月 カナダへの亡命が承認される カナダ
2025年現在 カナダから1日2本のニュース番組を放送中 カナダ

Frequently Asked Questions

Radio Selvaとはどのようなメディアでしたか?

2001年にティト氏によって設立された、エクアドル・ナポ州のバエサおよびキホス郡を拠点とする地域ラジオ局です。地元にメディアがなかったため、地域のニュースやコミュニティの課題を伝える重要な役割を担っていました。

ティト夫妻が標的となった理由は何ですか?

2022年から始めた薬物密売の調査報道において、単に犯罪組織を追及しただけでなく、地元の政治家や警察が密売に関与している可能性を指摘したためと考えられます。

避難先を何度も変更しなければならなかったのはなぜですか?

自宅への侵入や銃による脅迫に加え、避難先の情報が漏洩し、正体不明の人物がバイクで自宅周辺を監視するなど、執拗な追跡と脅威が続いたためです。

現在はどこで活動していますか?

2024年9月にカナダへの亡命が認められ、現在はカナダの自宅からRadio Selvaの放送を継続しており、1日2回のニュース番組を制作しています。