私たちが世界地図を見るとき、縦に走る線(経線)の基準となる「経度0度」の線があります。これが本初子午線(ほんしょしごせん)です。本初子午線とその反対側にある経度180度の線(反子午線)は、地球を東半球と西半球の2つに分ける大きな楕円を形成しています。
赤道が地球の物理的な形状に基づいて自然に決まるのに対し、本初子午線は天文学的な根拠があるわけではなく、人間が便宜的に定めた「任意の線」です。そのため、歴史を通じて世界各地で異なる基準が提案され、採用されてきました。

Key Facts
- 定義:地理座標系において経度0度と定義される基準線。
- 現在の標準:国際的に採用されているのは「IERS基準子午線」。
- 歴史的基準:かつてはイギリスのグリニッジ天文台が世界標準だった。
- 物理的根拠:赤道とは異なり、地球の物理的な特徴に基づいた基準は存在しない。
- 他天体:火星など他の惑星でも、独自の基準となる本初子午線が設定されている。
本初子午線の変遷と歴史
古代から中世の試行錯誤
経度の概念は、古代ギリシャのエラトステネスやヒッパルコスによって発展し、地理学者ストラボンらによって多くの都市に適用されました。その後、プトレマイオスは世界地図に一貫した基準線を導入し、アフリカ西端の「幸福の島々(カナリア諸島やカーボベルデ諸島付近)」を基準としました。これは、当時の計算に負の数を使わなかったため、既知の世界の最も西端を0度とする必要があったからです。

また、4世紀のインドの天文学書『スーリヤ・シッダーンタ』では、地球を球体と想定し、中央インドのウジャイン(アヴァンティ)やロートクを通る線を基準とする習慣が記されていました。
大航海時代と多様な基準線
16世紀以降、地図製作技術の向上とともに、メルカトルなどの地図製作者が独自の基準を採用しました。メルカトルは当初カナリア諸島のフエルテベントゥラ島を基準とし、後にアゾレス諸島へと変更しました。また、アブラハム・オルテリウスの地図ではカーボベルデ諸島が基準となっていました。



当時の航海士たちは、経度を「西経・東経」ではなく、0度から360度までの一方向で数える手法を18世紀まで使い続けていました。一方、フランスではパリ子午線が重視され、リシュリュー枢機卿や地理学者デリールらがパリを中心とした基準を推進しました。

グリニッジの台頭と国際標準化
18世紀後半、ネヴィル・マスケリンがグリニッジ天文台を基準とした『航海暦』を出版したことで、グリニッジ子午線は実用的な世界基準としての地位を確立しました。フランスなどの他国がパリ基準を維持していましたが、航海における利便性からグリニッジ基準が広く浸透していきました。
1884年にワシントンD.C.で開催された国際子午線会議において、出席した22カ国の投票により、正式にグリニッジ子午線が世界の標準として採択されました。フランスは中立的な線(アゾレス諸島やベーリング海峡など)を提案しましたが、最終的に棄権し、1911年までパリ子午線を使い続けました。

現代の基準:IERS基準子午線
1884年から1984年まで、世界標準はグリニッジ天文台の「エアリーTransit Circle(エアリー通過儀)」という光学機器に基づく線でした。しかし、1973年以降、月レーザー測距や衛星レーザー測距、超長基線電波干渉法(VLBI)といった高度な計測技術が導入されました。
これらの新技術により、地球の質量中心に基づいたより正確な基準線であるIERS基準子午線が定義されました。従来のエアリー基準は、近隣の山々による重力の影響(鉛直偏差)を受けていたため、地球の中心を通る真の平面とはわずかに異なります。その結果、現代の基準線は、歴史的なグリニッジ子午線よりも東に約5.3秒(グリニッジの緯度で約102メートル)ずれています。



地球以外の天体における基準
本初子午線の考え方は地球以外にも適用されています。例えば火星では、1971年に基準が設定されました。火星の本初子午線は「エアリー0」というクレーターの中心を通るように定められており、バイキング1号着陸機の位置を基準に経度が定義されています。
本初子午線に関するまとめ
| 基準名称 | 主な特徴・根拠 | 時代・状況 |
|---|---|---|
| プトレマイオス基準 | アフリカ西端(カナリア諸島付近) | 古代ローマ時代 |
| パリ子午線 | フランス・パリ天文台 | 19世紀までフランスで採用 |
| グリニッジ子午線 | イギリス・グリニッジ天文台(エアリー基準) | 1884年〜1984年の世界標準 |
| IERS基準子午線 | 地球の質量中心に基づく(WGS84等) | 1984年以降の現在の国際標準 |

Frequently Asked Questions
なぜグリニッジが基準に選ばれたのですか?
19世紀当時、イギリスが海運業で世界的に強い影響力を持っており、グリニッジ天文台が発行していた『航海暦』が世界中の航海士に広く利用されていたため、実用的な面から支持されました。
現在の本初子午線は、昔のグリニッジの線と全く同じ場所ですか?
厳密には異なります。最新の計測技術を用いた「IERS基準子午線」は、地球の質量中心に基づいているため、歴史的なグリニッジの基準線よりも東に約102メートルずれています。
本初子午線は自然に存在する線ですか?
いいえ。赤道は地球の自転軸に垂直な最大円として物理的に決まりますが、本初子午線は人間が地図や時間を管理するために便宜的に決めた約束事に過ぎません。
経度180度の線(反子午線)にはどのような役割がありますか?
本初子午線のちょうど反対側に位置し、地球を東半球と西半球に分ける境界となります。一般的に、この付近に日付変更線が設けられています。
火星などの他の惑星でも経度0度はありますか?
はい。火星では特定のクレーター(エアリー0)を中心とする基準線が設定されており、天文学的な座標系を構築するために利用されています。
References
- These figures use the legua náutica (nautical league) of four totalling 5.926 km (3.682 mi), which was used by Spain during the 15th, 16th, and 17th centuries for navigation. Given the imprecision of the source, the calculation has been rounded to three significant digits. In 1897 Henry Harrise noted that Jaime Ferrer, the expert consulted by King Ferdinand and Queen Isabella, stated that a league was four miles of six each. Modern scholars agree that the geographic stade was the Roman or Italian stade, not any of several other Greek stades, supporting these figures. Harrise is in the minority when he uses the stade of 192.27 m (630.8 ft) marked within the stadium at , resulting in a league (32 stades) of 6.153 km (3.823 mi), 3.8% larger.
- Voting took place on 13 October and the resolutions were adopted on 22 October 1884. The modern prime meridian, the IERS Reference Meridian, is placed very near this meridian.
- The astronomic latitude of the Royal Observatory is 51°28′38″N whereas its latitude on the European Terrestrial Reference Frame (1989) is 51°28′40.1247″N.
- When Tolhopff handed over his book, titled Stellarium (1480), to King Matthias Corvinus, he emphasized that he had used the meridian of for his calculations. The German physician, Johannes Müntz used it the same way in his 1495 calendar. However, in the second edition, he used the Vienna meridian.
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