19世紀末から20世紀初頭にかけて、宇宙への人々の想像力を激しく刺激した人物がいます。アメリカの実業家であり天文学者でもあったパーシヴァル・ローウェルです。彼は、火星に知的生命体が築いた「運河」が存在するという大胆な説を唱え、さらには太陽系外縁部に未知の惑星が存在することを予言しました。彼の情熱は、現代の天文学的な基盤となる天文台の設立や、後の冥王星発見へと繋がる重要な道筋を作りました。
Key Facts
- ローウェル天文台の創設: アリゾナ州フラッグスタッフに、観測条件を最適化した近代的な天文台を設立。
- 火星運河説の普及: 火星に人工的な運河があるとし、絶滅に瀕した文明の存在を主張して世界的な話題となった。
- 冥王星発見への貢献: 「惑星X」の探索プログラムを開始し、死後、彼の天文台でクライド・トンボーが冥王星を発見した。
- 多才な経歴: 天文学以前は、数学を専攻し、東アジア(日本・韓国)の文化や宗教に関する著作を執筆した。
知的好奇心に満ちた若き日と東アジアへの傾倒
1855年にマサチューセッツ州ボストンの名門家庭に生まれたローウェルは、ハーバード大学で数学を学び、優秀な成績で卒業しました。卒業後は家業の綿紡績工場を経営していましたが、彼の関心は常に広い世界へと向いていました。
1880年代には東アジアを広く旅し、外交的な任務で韓国に滞在しました。彼は当時の韓国国王・高宗の貴重な初期写真を撮影したことでも知られています。また、日本にも深く傾倒し、日本の宗教や心理、社会習慣について詳細な観察記録を残しました。彼の著書『極東の魂(The Soul of the Far East)』などは、個人の想像力と個性が人類の進歩を促すという彼の哲学を反映しており、当時の知識人に大きな影響を与えました。

ローウェル天文台の設立と観測へのこだわり
天文学への本格的な転身は1890年代に入ってからです。イタリアの天文学者スキアパレッリが報告した火星の「線」に強い関心を抱いた彼は、自らの財力を投じて、1894年にアリゾナ州フラッグスタッフにローウェル天文台を建設しました。
特筆すべきは、彼が「最高の視認条件(シーイング)」を求めて、あえて都市から離れた標高2,100メートル以上の高地に天文台を設置したことです。これは、後の近代天文台の立地選定における先駆的なモデルとなりました。また、彼は惑星の微細な構造を捉えるためには、巨大な望遠鏡よりも小型で精緻な望遠鏡の方が適していると考えていました。

火星の「運河」と金星の「スポーク」という幻想
ローウェルは15年近くにわたり火星を詳細にスケッチし、そこに網目状の「運河」が存在すると主張しました。彼は、火星が乾燥し絶滅の危機にあるため、高度な文明を持つ知的生命体が極冠の氷を運ぶためにこれらの運河を建設したという壮大な理論を展開しました。

この説は一般大衆を熱狂させましたが、専門家の間では懐疑的に見られていました。後に、1960年代のマリナー計画による探査機が火星の表面を撮影したことで、運河は存在せず、実際にはクレーターだらけの荒涼とした地表であることが判明しました。現在の定説では、彼が見た運河は視覚的な錯覚であったと考えられています。

また、彼は金星の表面に「スポーク状」の模様を観察したと報告しましたが、これも後に否定されました。金星は厚い雲に覆われており、地表を直接見ることは不可能です。現代の分析では、望遠鏡の絞り込みによって生じた光学的な影響で、彼自身の網膜にある血管の影を見てしまったのではないかという説が有力です。
「惑星X」の追求と冥王星の発見
晩年のローウェルが心血を注いだのが、海王星のさらに外側に存在すると考えた未知の惑星「惑星X」の探索でした。彼は天王星や海王星の軌道の乱れが、この未知の惑星の重力によるものだと信じていました。
彼自身が発見に至ることはありませんでしたが、彼が構築した探索体制と設備は、1930年にクライド・トンボーが冥王星を発見する直接的な要因となりました。冥王星の天文学的記号(♇)が、彼のイニシャルである「P」と「L」を組み合わせたデザインになっているのは、彼の功績を称えたためです。

なお、後に海王星の質量値が正確に測定されたことで、軌道の乱れは惑星Xのせいではなく、単なる計算上の誤差であったことが判明しました。また、冥王星の質量は極めて小さく、他の惑星に影響を与えるほどの重力を持っていないことも分かっています。
科学と文化に遺した足跡
ローウェルの理論の多くは科学的に否定されましたが、彼の情熱が文化に与えた影響は計り知れません。特に「死にゆく火星の文明」というビジョンは、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』をはじめ、ロバート・A・ハインラインやレイ・ブラッドベリなどのSF作品に多大なインスピレーションを与えました。
また、彼が確立した「最適な観測地を選ぶ」という天文台建設の原則は、現代の天文学においても不可欠な手法となっています。彼の名は、月や火星のクレーター、そして冥王星の「ローウェル地域」に刻まれています。


まとめ:パーシヴァル・ローウェルの業績
| 研究対象 | 主張・活動 | 現代の科学的結論 |
|---|---|---|
| 火星 | 知的生命体による運河の建設 | 視覚的な錯覚であり、運河は存在しない |
| 金星 | 表面にスポーク状の模様を観測 | 厚い雲に覆われており、地表は見えない |
| 惑星X | 海王星外縁部の未知の惑星を探索 | 冥王星が発見されたが、重力影響説は誤り |
| 天文台 | 高地への戦略的な天文台設置 | 現代の天文台立地選定の先駆的な手法となった |
Frequently Asked Questions
ローウェルが見た火星の運河は実際には何だったのでしょうか?
現代の天文学では、それらは実在する構造物ではなく、観測時の視覚的な錯覚であったと考えられています。また、イタリア語の「canale(水路・チャネル)」を英語の「canal(人工運河)」と誤訳したことが、人工物であるという誤解を広めた一因とも言われています。
冥王星の発見とローウェルにはどのような関係がありますか?
ローウェルは生前、海王星のさらに外側に「惑星X」が存在すると信じて探索プログラムを立ち上げ、設備を整えました。彼が亡くなった後、その設備を用いてクライド・トンボーが1930年に冥王星を発見したため、実質的な道筋を作った人物とされています。
なぜ彼は金星に模様が見えたと主張したのですか?
彼は望遠鏡の絞りを非常に小さくして観測していましたが、これにより接眼レンズの出口瞳孔が極端に小さくなり、一種の検眼鏡のような状態になったと考えられています。その結果、自分自身の目の網膜にある血管の影を、金星の表面にある模様だと思い込んだという説が有力です。
ローウェルは純粋な科学者だったのでしょうか?
彼はもともと実業家であり、数学の学位を持っていましたが、専門的な訓練を受けた天文学者ではありませんでした。しかし、その豊富な財力と飽くなき好奇心を用いて、当時の天文学に多大な影響を与え、大衆に宇宙への関心を広めた「科学の普及者」としての側面が強い人物です。
References
- Eschner, Kat (March 13, 2017). "The Bizarre Beliefs of Astronomer Percival Lowell". Smithsonian Magazine. Archived from the original on December 25, 2021. Retrieved March 12, 2021.
- Agassiz, G.R. (1917). "Percival Lowell (1855-1916)" (PDF). Proceedings of the American Academy of Arts and Sciences. 52 (13): 845–847. 20025724.
- "Chosön, the Land of the Morning Calm; a Sketch of Korea". . 1888. Archived from the original on November 12, 2013. Retrieved June 11, 2013.
- , The Historic Genealogy of the Lowells of America from 1639 to 1899 (Rutland VT: The Tuttle Company, 1899), 283
- Littmann, Mark (1985). Planets Beyond: Discovering the Outer Solar System. Courier. pp. 62–63. .
- Balik, Rachel (March 13, 2010) Happy Birthday Percival Lowell, First Man to Imagine Life on Mars Archived March 15, 2009, at the . findingdulcinea.com
- See under Progressives vs Conservatives
- Kwon, Heangga (2011). "King Gojong's Portrait and the Advent of Photography in Korea". Journal of Korean Art & Archaeology. 5: 58–69. :10.23158/jkaa.2011.v5_05. 2951-4983.
- Leonard, Louise. Percival Lowell: An Afterglow. RG Badger, 1921, pp. 33, 46.
- Putnam, A Yankee Image: The Life and Times of Roger Lowell Putnam, 1991
📸 フォトギャラリー






