20世紀のイギリス演劇を語る上で欠かせない存在であるペギー・アシュクロフトは、その卓越した演技力と知性で、古典から前衛劇まで幅広い作品に命を吹き込んだ名女優です。彼女の歩みは、単なるスターへの階段ではなく、絶え間ない研鑽と挑戦の連続でした。
Key Facts
- シェイクスピアへの情熱:学生時代から傾倒し、生涯を通じて数多くの主要役を演じ切った。
- RSCの礎:ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)の設立初期に参画し、その成功に大きく寄与した。
- 最高齢のオスカー受賞:77歳で映画『パスージ・トゥ・インディア』によりアカデミー助演女優賞を受賞。
- 演技哲学:スタニスラフスキー・システムや厳格な規律を重視し、感情的な場面でも理性を保つ演技を追求した。
情熱の原点と修行時代
サレー州クロイドンに生まれたアシュクロフトは、幼少期から演劇に深い関心を抱いていました。母親の反対を押し切り、16歳でセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマに入学します。当時の学校が重視していた形式的な発声法よりも、彼女はコンスタンチン・スタニスラフスキー(モスクワ芸術劇の指導者)の著作から、より内面的なアプローチを学びました。
プロとしてのデビューはバーミンガム・レパートリー・シアターでの舞台でしたが、彼女は華やかなウエスト・エンドのスターダムよりも、小規模な劇団での地道な経験を優先しました。1929年には『ユダヤ人シュース』で注目を集め、その自然体な演技が高く評価されました。

黄金期の幕開けと政治的覚醒
1930年、サヴォイ劇場で上演された『オセロ』にデズデモーナ役で出演したことは、彼女の人生の転機となりました。共演したポール・ロベソンが黒人俳優であったため、彼女は激しい差別的な嫌がらせに直面します。この経験は彼女に強い政治的意識を植え付けました。
また、この時期に名優ジョン・ギルグッドとの深い信頼関係を築きます。ギルグッドは彼女の圧倒的な存在感に心酔し、その後、彼が演出する『ロミオとジュリエット』などで彼女を起用し続けました。

オールド・ヴィックでの研鑽とRSCへの貢献
アシュクロフトは、労働者階級に安価に演劇を提供していたオールド・ヴィック劇団に加入し、シェイクスピアの主要なヒロインを次々と演じました。ここでは低賃金ながらも、最高峰の古典演劇の技法を学ぶことができました。

その後、彼女はピーター・ホールが設立したロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)の創設メンバーの一人となります。特に1960年代の『薔薇戦争』で見せた、若き日から残酷な老婆へと変貌するマーガレット王妃役は、批評家から「恐ろしいほど見事な演技」と絶賛されました。

晩年の栄光と不滅の足跡
舞台での頂点を極めた彼女は、晩年に映画やテレビの世界でもその才能を発揮します。1984年のドラマ『ジュエル・イン・ザ・クラウン』や、デヴィッド・リーン監督の映画『パスージ・トゥ・インディア』での演技は世界的に認められ、後者ではアカデミー賞助演女優賞に輝きました。
1991年、83歳でこの世を去った彼女の遺灰は、彼女自身が植えたクワの木の周りに撒かれました。その生涯は、演劇に対する誠実さと、絶え間ない自己更新の歴史であったと言えるでしょう。
キャリア概要まとめ
| 時代 | 主な活動・役割 | 特筆すべき成果 |
|---|---|---|
| 1920年代後半 | 小劇団での修行、ウエスト・エンド進出 | 自然主義的な演技スタイルを確立 |
| 1930年代 | オールド・ヴィック加入、ギルグッドとの共演 | シェイクスピア演劇の技法を習得 |
| 1940-50年代 | 商業演劇と補助金劇団の往来 | 『深い青色の海』などで高い評価 |
| 1960年代 | RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー) | 『薔薇戦争』での圧倒的な演技 |
| 1970-80年代 | ナショナル・シアター、映画出演 | オスカーおよびBAFTA賞受賞 |
Frequently Asked Questions
アシュクロフトが演技において最も重視していたことは何ですか?
彼女は規律と完璧主義を重視していました。特に、激しい感情を表現する場面であっても、俳優は常に「思考する人間」であり続けなければならないという信念を持っていました。
彼女がオスカー賞を受賞した作品は何ですか?
1984年の映画『パスージ・トゥ・インディア』でミセス・ムーア役を演じ、1985年にアカデミー助演女優賞を受賞しました。これは当時の最高齢記録となりました。
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)における彼女の役割は?
彼女は創設初期から参加し、その名声と実力でカンパニーの成功を支える柱となりました。特に古典作品の再解釈において重要な役割を果たしました。
彼女の私生活がキャリアに影響を与えたことはありますか?
数度の結婚と離婚を経験しましたが、特に1960年代の私生活の困難な時期には、その孤独や葛藤を前衛的な作品や古典劇への情熱へと転換させ、演技に深みを与えたと言われています。
彼女は映画出演を好んでいたのでしょうか?
いいえ、彼女は基本的に舞台を愛しており、映画という媒体にはあまり惹かれていませんでした。キャリアの大部分を舞台に捧げ、映画出演は限定的でしたが、その分、出演作での存在感は際立っていました。
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