ニューヨーク州の州全体選出議員(アットラージ)の歴史
アメリカ合衆国の政治制度において、通常、連邦下院議員は特定の地理的な選挙区から選出されます。しかし、ニューヨーク州の歴史を振り返ると、特定の期間にアットラージ(At-large)、つまり州全体を一つの選挙区として議員を選出した例が3回ありました。
アットラージとは、個別の選挙区に分かれず、州全体の有権者が投票して議員を決定する方式のことです。ニューヨーク州でこの形式が採用された背景には、国勢調査後の議席増に対する州議会の対応の遅れという、行政上の課題がありました。
Key Facts
- 発生原因:国勢調査による議席増に対し、州議会が期限までに選挙区の再編(再配分)を行えなかったため。
- 実施期間:1873–1875年、1883–1885年、1933–1945年の3つの期間にわたって運用された。
- 最大議席数:1933年から1945年の期間には、同時に2名の州全体選出議員が在籍していた。
- 解消方法:州議会による選挙区の再編が完了した時点で、アットラージ形式は廃止された。
アットラージ形式が導入された経緯とメカニズム
アメリカでは連邦国勢調査の結果に基づき、各州に割り当てられる下院議席数が調整されます。議席数が増えた場合、州議会は新しい境界線を引いて選挙区を再編しなければなりません。しかし、政治的な対立や手続きの遅延により、次回の選挙までにこの再編が完了しないことがありました。
このような空白期間を埋めるため、暫定的な措置として「州全体選出(アットラージ)」という手法が取られました。これにより、特定の地域に縛られない議員を州全体の投票で選出し、法的な議席数を確保したのです。
時代別の運用実績と選出議員
19世紀後半の暫定的な運用(1870年代・1880年代)
19世紀後半、ニューヨーク州では2度にわたり1議席分のアットラージ選出が行われました。1870年と1880年の国勢調査でそれぞれ議席が増加しましたが、州議会が再編を完了させるまでの一時的な措置として導入されました。
- 1873年–1875年:共和党のライマン・トレメイン(オールバニ出身)が選出されました。
- 1883年–1885年:民主党のヘンリー・W・スロカム(ブルックリン出身)が選出されました。
20世紀前半の長期的な運用(1933年–1945年)
最も期間が長く、かつ議席数が多かったのが1930年の国勢調査後のケースです。州議会が再編案に合意できなかったため、1933年から1945年までの約12年間にわたり、2名の議員が州全体選出で就任しました。
この期間には、ジョン・フィッツギボンズやエルマー・E・スタドリーといった民主党議員に加え、後に共和党のウィニフレッド・C・スタンリーが選出されるなど、政治的な変遷も見られました。最終的に1944年の選挙に向けて再編が完了し、この制度は終了しました。
ニューヨーク州アットラージ議員のまとめ
| 活動期間 | 議席数 | 主な原因 | 解消のタイミング |
|---|---|---|---|
| 1873年–1875年 | 1 | 1870年国勢調査後の再編遅延 | 1874年選挙前の再編完了 |
| 1883年–1885年 | 1 | 1880年国勢調査後の再編遅延 | 1884年選挙前の再編完了 |
| 1933年–1945年 | 2 | 1930年国勢調査後の合意不能 | 1944年選挙前の再編完了 |
Frequently Asked Questions
なぜ州全体で議員を選ぶ必要があったのですか?
国勢調査の結果、州に割り当てられる議席数が増えたにもかかわらず、州議会が新しい選挙区の境界線を決める「再編」を期限までに完了できなかったため、暫定的に州全体を一つの区として運用しました。
アットラージ議員は現在も存在しますか?
いいえ。ニューヨーク州におけるこの形式の選挙区はすでに廃止されており、現在はすべて個別の選挙区から議員が選出される仕組みになっています。
最も長くアットラージ形式が続いたのはいつですか?
1933年から1945年までの期間です。この時は州議会が再編に合意できず、2議席分が州全体選出となっていました。
アットラージ議員の選出に政党の影響はありましたか?
はい。期間によって異なりますが、共和党のライマン・トレメインや、民主党のヘンリー・W・スロカム、マシュー・J・メリットなど、当時の主要政党から議員が選出されていました。
再編が完了するとどうなりますか?
州議会によって新しい選挙区の境界線が確定すると、アットラージ形式は解消され、次回の選挙からは再び各地域ごとの選挙区から議員が選ばれることになります。