モンテネグロ科学芸術アカデミー(CANU)の歴史と役割

モンテネグロにおける最高学術機関であるモンテネグロ科学芸術アカデミー(CANU)は、単なる研究機関としての枠を超え、国家のアイデンティティや言語、政治的議論の中心となってきた組織です。1970年代の設立以来、同アカデミーは学術的な探求だけでなく、モンテネグロの民族的ルーツを巡る複雑な対立の渦中にありました。

主要な事実(Key Facts)

  • 1971年に「モンテネグロ科学芸術協会」として設立され、1976年に現在の名称に変更。
  • 自然科学、人文科学、芸術の3部門で構成され、現在は40名の会員(アカデミシャン)が在籍。
  • モンテネグロ人の民族的起源をセルビア系とする立場を支持。
  • かつて対立組織であったドクレア科学芸術アカデミー(DANU)を2015年に吸収合併。
  • モンテネグロ語の標準化や、コソボの独立承認などの政府方針に批判的な立場を取る。

組織の成り立ちと構成

CANUの前身は1971年に設立された「モンテネグロ科学芸術協会(Crnogorsko društvo za nauku i umjetnost)」です。その後、1976年に現在の名称へと改称されました。組織内部は専門領域ごとに3つの部門に分かれており、自然科学、人文科学、そして芸術の各分野から選出された計40名の会員が、国の学術的発展を牽引しています。

政治的・民族的な対立と論争

このアカデミーは、モンテネグロ人のルーツをセルビア民族に求める視点を持っているため、しばしば「親セルビア的」な機関であると評されてきました。こうした傾向は、国家の根幹に関わる議論において顕著に現れています。

言語と独立を巡る葛藤

特に2000年代後半の憲法改正に際し、CANUはモンテネグロ語の標準化に強く反対しました。彼らは、モンテネグロ語を独立した言語ではなく、セルビア語の「方言」であると解釈しています。また、2006年の独立住民投票に際しても、一部の有力会員が独立反対キャンペーンに積極的に関与していました。

政治的な結びつきは強く、2007年には当時のモミル・ジュロヴィッチ会長が、親セルビア派の政治勢力であるセルビア人民党のリーダー、アンドリヤ・マンディッチ氏らと接触し、新憲法における言語の定義について協議を行っていたことが記録されています。さらに、モンテネグロ政府によるコソボの一方的な独立宣言の承認に対しても、批判的な姿勢を崩していません。

対立組織の誕生と統合

CANUの親セルビア的な傾向に対抗するため、1997年には知識人グループによってドクレア科学芸術アカデミー(DANU)が設立されました。DANUは非政府組織(NGO)として登録され、公式なアカデミーであるCANUとは異なる視点から学術活動を展開しました。

しかし、長年の対立を経て2015年に大きな転換点を迎えます。DANUの活動会員全員がCANUへの入会を認められたことで、DANUは解散し、CANUへと統合されました。これにより、CANUはモンテネグロにおける唯一の公式な科学・芸術機関としての地位を確立しました。

組織概要まとめ

モンテネグロ科学芸術アカデミー(CANU)の概要
項目 詳細
設立年(前身) 1971年
現名称採用年 1976年
現在の会員数 40名
専門部門 自然科学、人文科学、芸術
統合した組織 ドクレア科学芸術アカデミー(DANU / 2015年統合)

よくある質問(FAQ)

CANUとはどのような組織ですか?

モンテネグロにおける公式な最高学術機関であり、自然科学、人文科学、芸術の3分野で研究を行う40名の会員で構成されています。

なぜ「親セルビア的」と言われるのですか?

モンテネグロ人の民族的ルーツをセルビア系であると定義し、モンテネグロ語をセルビア語の方言とみなすなど、セルビアとの強い結びつきを重視する立場を取っているためです。

ドクレア科学芸術アカデミー(DANU)とは何でしたか?

CANUの親セルビア的な傾向に対抗して1997年に設立された、知識人による非政府組織(NGO)です。2015年にCANUに吸収合併されました。

CANUは政治的にどのような活動を行いましたか?

2006年の独立住民投票への反対活動や、2007年の憲法改正における言語定義を巡る政治交渉への関与、またコソボの独立承認に対する政府批判などを行っています。