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モーリス・フランク・ケニーモホークの血脈を詩に刻んだアメリカの作家

🗓 2026年8月17日

モーリス・フランク・ケニー(1929年-2016年)は、自身のルーツであるモホーク族のアイデンティティを深く追求し、それを芸術へと昇華させたアメリカの詩人です。彼は単なる作家にとどまらず、先住民作家たちのプラットフォームを構築した編集者、そして次世代を育成した教育者として、アメリカ文学界に多大な足跡を残しました。

Key Facts

  • 出自:モホーク族およびセネカ族の血を引くネイティブアメリカンの系譜を持つ。
  • 主要受賞歴:1984年に『The Mama Poems』でアメリカン・ブック・アワードを受賞。
  • 文学的貢献:ストロベリー・プレスなどを主宰し、先住民作家の作品を積極的に出版。
  • 教育活動:ニューヨーク州の複数の大学で教鞭を執り、後進の育成に尽力した。
  • 名誉:ニューヨーク州作家殿堂への殿堂入りや、セントローレンス大学からの名誉博士号を授与。

波乱に満ちた青年期と文学への道

1929年にニューヨーク州ウォータタウンで生まれたケニーは、複雑な家族背景を持っていました。父方はカナダ出身のモホーク族とアイルランド系、母方はニューヨーク州出身の英語系とセネカ族の血を引いていました。ただし、彼は特定の部族に正式に登録されていたわけではありませんでした。

思春期には家庭環境の変化に直面し、一時的にニュージャージー州の母親のもとへ移りましたが、学校を休みがちになり、マンハッタンで映画スターのサインを集める日々を過ごしました。その後、再び父親のもとに戻り高校を卒業した彼は、演劇への憧れから俳優を目指しますが、最終的に文学の道へと進みます。

バトラー大学で英文学を学び、卒業後はニューヨーク大学で詩人・批評家のルイーズ・ボーガンに師事しました。ボーガンとの出会いは、彼の作家としての初期形成に決定的な影響を与えたと言われています。

アイデンティティの覚醒と活動の黄金期

1960年代にはメキシコや米領ヴァージン諸島、シカゴなど各地を転々とし、多様な経験を積みました。転機となったのは1969年のアルカトラズ島占拠事件です。この出来事をきっかけに、ケニーは自身のモホークとしてのアイデンティティに目覚め、ネイティブアメリカンの権利擁護活動に深く関わるようになりました。

1970年代後半から80年代にかけて、彼の創作活動は頂点に達します。20冊以上の詩集や小説、ノンフィクションを出版し、同時に「ストロベリー・プレス」や「Contact/II」などの雑誌・出版社を運営しました。特にストロベリー・プレスでは、先住民作家の詩やアートをポストカード形式で発表するなど、独創的な手法で先住民文化の発信に努めました。

教育者としての晩年と遺産

1984年以降、ケニーはニューヨーク州北部のサラナックレイクとポッツダムを拠点に、ノースカントリー・コミュニティカレッジやSUNYポッツダムなどで教鞭を執りました。2011年に退職した後も創作意欲は衰えず、自伝や歴史的なテーマを扱った複数の原稿に取り組んでいました。

2016年4月16日に86歳でこの世を去るまで、彼は詩の朗読会を通じてアメリカ国内のみならず、ドイツ、フランス、チェコなどのヨーロッパ諸国でも自身の作品を届け、国境を越えて共感を呼び起こしました。

主要実績まとめ

モーリス・フランク・ケニーの経歴・受賞概要
カテゴリー 詳細内容
主な受賞 アメリカン・ブック・アワード(1984)、NWCA生涯功労賞(2002)
運営出版社 Strawberry Press, Many Moons Press
学歴 バトラー大学(BA)、ニューヨーク大学、セントローレンス大学
主な作風 モホークのアイデンティティ、先住民の歴史と抵抗、個人的な回想
名誉称号 ニューヨーク州作家殿堂入り(2014)、名誉博士号(1995)

Frequently Asked Questions

モーリス・フランク・ケニーはどの部族に属していましたか?

彼は父方からモホーク族とアイルランド系、母方からセネカ族と英語系の血を引いていると自認していましたが、特定のネイティブ・ネイション(部族国家)に正式に登録はされていませんでした。

彼の文学活動で最も重要な功績は何ですか?

自身の詩作だけでなく、ストロベリー・プレスなどの出版社を通じて、多くの先住民作家やアーティストに発表の場を提供し、ネイティブアメリカン文学の普及に寄与したことが高く評価されています。

どのような賞を受賞しましたか?

1984年に『The Mama Poems』でアメリカン・ブック・アワードを受賞したほか、ネイティブ・ライターズ・サークル・オブ・ジ・アメリカズから生涯功労賞を授与されています。また、ピューリッツァー賞に2度ノミネートされた経歴を持ちます。

晩年はどのような活動をしていましたか?

ニューヨーク州北部の大学で教鞭を執る傍ら、ヨーロッパ各地で詩の朗読会を行い、没直前まで自伝や歴史的なテーマを扱った複数の書籍原稿を執筆していました。

彼の詩に影響を与えた人物は誰ですか?

ニューヨーク大学時代に師事した詩人であり批評家のルイーズ・ボーガンが、彼の初期の作家としての成長に最も大きな影響を与えました。

References

  1. Motyka, John (April 26, 2016). "Maurice Kenny, Who Explored His Mohawk Heritage in Poetry, Dies at 86." New York Times. Retrieved 2016-05-03.
  2. Glancy, Diane; Rodriguez, Lina (2023). Unpapered: Writers Consider Native American Identity and Cultural Belonging. : . p. 212.  .
  3. "Introduction: A Memoir" in On Second Thought: A Compilation (Univ. of Oklahoma Press, 1995)
  4. "2014 Hall of Fame Archived 2016-03-04 at the ." Empire State Center for the Book. Accessed 3 June 2014.
  5. List of NWCA Lifetime Achievement Awards, accessed 6 August 2010.
  6. "Previous Winners of the American Book Award." Alaska Native Knowledge Network, hosted by the University of Alaska, Fairbanks. Retrieved 2016-05-03.
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  8. Google Books, last accessed 3 June 2014
  9. Google Books, last accessed 3 June 2014
  10. Google Books, last accessed 3 June 2014