20世紀のアメリカ演劇界において、類まれなる歌唱力と天真爛漫な魅力で観客を虜にしたのがメアリー・マーティンです。彼女は単なる女優に留まらず、名コンビであるロジャース&ハマースタインのミューズ(芸術的霊感を与える存在)として、数々の歴史的なミュージカル作品に命を吹き込みました。
舞台上での圧倒的な存在感と、親しみやすいキャラクターを兼ね備えていた彼女は、ブロードウェイの象徴的な役どころを数多く創り出し、演劇史にその名を深く刻んでいます。
Key Facts
- 代表作:『サウスパシフィック』『ピーターパン』『サウンド・オブ・ミュージック』などの主演。
- 受賞歴:トニー賞を4回、エミー賞を1回受賞。
- 栄誉:アメリカ演劇殿堂入りおよびケネディセンター名誉賞を受賞。
- 家族:俳優ラリー・ハグマンの母親である。
- 活動期間:1938年から1985年まで、舞台、ラジオ、テレビで幅広く活躍。
華々しいキャリアの幕開けとラジオ時代の成功
テキサス州ウェザフォードに生まれたマーティンは、1938年にコール・ポーターの作品『Leave It to Me!』でブロードウェイデビューを果たしました。特に劇中で披露した「My Heart Belongs to Daddy」という楽曲が爆発的な人気を博し、一夜にしてスターダムにのし上がりました。
舞台での成功と並行して、彼女はラジオの世界でもその才能を発揮します。1939年からCBSの番組でヴォーカリストとして活動し、その後NBCの『Good News of 1940』(後の『Maxwell House Coffee Time』)や『Kraft Music Hall』などの人気番組に出演し、全米にその声を届けました。
ブロードウェイでの黄金期と伝説的な役どころ
マーティンのキャリアにおいて、ロジャース&ハマースタイン作品との出会いは決定的なものでした。1949年に主演した『サウスパシフィック』の看護師ネリー・フォーブッシュ役では、ユーモアと切なさを併せ持つ演技が高く評価され、初のトニー賞を獲得しました。
その後も彼女の快進撃は続き、1954年には『ピーターパン』のタイトルロールを演じ、少年のような無邪気さと飛翔感を体現しました。この役柄は後にテレビ放送され、多くの人々に愛されることになります。

さらに1959年には『サウンド・オブ・ミュージック』のマリア役として登場。彼女特有の素朴な魅力が役に見事に合致し、再びトニー賞に輝きました。これらの作品を通じて、彼女は「ミュージカルの第一夫人」としての地位を不動のものにしました。

メディアへの適応と舞台へのこだわり
マーティンは映画にも数多く出演しましたが、本人は映画制作をあまり好んでいませんでした。その理由は、映画では舞台のような「観客との直接的な繋がり」を感じられないためだったといいます。そのため、映画版のミュージカルでは彼女ではなく別の女優が起用されることが多くありました。
一方で、テレビという媒体には積極的でした。『ピーターパン』や『アニー・ゲッタ・ガン』などの舞台パフォーマンスをテレビで生放送や録画で届けることで、劇場に足を運べない人々にもその演技を披露しました。

私生活と晩年
私生活では、1940年にリチャード・ハリデイと結婚し、娘のヘラーをもうけました。夫妻は後にブラジルのゴイアス州アナポリス近郊に広大な牧場「Nossa Fazenda Halliday」を所有し、地元の人々からは「ドナ・マリア」として親しまれながら穏やかな時間を過ごしました。
しかし、1982年にはサンフランシスコで深刻な自動車事故に遭い、重傷を負うという悲劇に見舞われました。この事故でマネージャーを亡くし、同行していたジャネット・ゲイナーも大怪我を負っています。
1990年11月3日、マーティンはカリフォルニア州ランチョミラージュの自宅にて、がんのため76歳でこの世を去りました。彼女の遺灰は、故郷であるテキサス州ウェザフォードのグリーンウッド墓地に埋葬されています。


メアリー・マーティンの主要実績まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 活動期間 | 1938年 〜 1985年 |
| 主な受賞 | トニー賞(4回)、エミー賞(1回)、ケネディセンター名誉賞 |
| 代表的な舞台役 | ネリー・フォーブッシュ、ピーターパン、マリア・フォン・トラップ |
| 出身地 | アメリカ合衆国テキサス州ウェザフォード |
| 特筆すべき栄誉 | アメリカ演劇殿堂入り(1973年) |
Frequently Asked Questions
メアリー・マーティンが最も高く評価された作品は何ですか?
特に『サウスパシフィック』『ピーターパン』『サウンド・オブ・ミュージック』の3作品が有名です。これらの役で彼女はトニー賞を受賞し、ブロードウェイの歴史に名を刻むパフォーマンスを披露しました。
なぜ彼女は映画よりも舞台を好んだのでしょうか?
彼女は、ライブパフォーマンスにおいてのみ得られる「観客との精神的な繋がり」を非常に重視していたため、映画撮影のような環境よりも舞台での演技に強い充足感を感じていたからです。
彼女の家族について教えてください。
有名な俳優であるラリー・ハグマンの母親です。また、夫のリチャード・ハリデイとは共にブラジルに牧場を所有し、生活していました。
どのような賞を受賞しましたか?
ミュージカル女優として最高峰のトニー賞を4回受賞したほか、テレビ出演でエミー賞を受賞しています。また、生涯の功績を称えられ、アメリカ演劇殿堂入りやケネディセンター名誉賞も授与されました。
彼女のキャリアにおける「一夜にしてスターになった」きっかけは何ですか?
1938年のデビュー作『Leave It to Me!』で歌った「My Heart Belongs to Daddy」という曲が全米で大ヒットし、メディアの注目を集めたことがきっかけとなりました。
References
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