マーティン・チャーターリス卿:エリザベス2世を支えた最長任の側近
英国王室の歴史において、君主の最も近くで実務を担う「私書官」は極めて重要な役割を果たします。その中でも、マーティン・チャーターリス卿(1913-1999)は、エリザベス2世女王に長年にわたり仕え、王室の運営を支えた人物として知られています。軍人としての経歴から始まり、宮廷での最高職、そして教育界への転身まで、多彩な人生を歩んだ彼の足跡を辿ります。
Key Facts
- 王室への貢献:エリザベス2世の側近として、アシスタント私書官を18年以上務めた最長任の記録を持つ。
- 最高職への就任:1972年から1977年まで、君主の私書官(Private Secretary to the Sovereign)を務めた。
- 軍歴:第二次世界大戦中に中東で戦い、英国陸軍の中佐まで昇進した。
- 教育への寄与:退任後は名門イートン校の校長(Provost)として教育に携わった。
- 貴族としての地位:1978年に一代貴族として男爵(Baron Charteris of Amisfield)に叙せられた。
軍歴と若き日の歩み
1913年にロンドンで生まれたチャーターリスは、名門の家系に生まれました。父は法廷弁護士でしたが、第一次世界大戦中のエジプトで戦死しています。彼はロッカーズ・パーク・スクール、イートン校を経て、サンドハースト王立陸軍士官学校で学びました。
卒業後はキングズ・ロイヤル・ライフル軍団に配属され、第二次世界大戦では中東戦線に従事しました。軍での功績により中佐まで昇進し、1944年にはエルサレムでメアリー・ゲイ・ホバート・マルゲソンと結婚しました。1951年に軍を退役するまで、国家への献身的な奉仕を続けました。
エリザベス2世への忠誠と宮廷でのキャリア
チャーターリスの王室でのキャリアは、1950年に当時のエディンバラ公爵夫人(後のエリザベス2世)の私書官に任命されたことから始まります。1952年の女王即位後、彼はマイケル・アディーン卿の下でアシスタント私書官として、実に18年以上にわたる長期にわたり女王をサポートしました。
1972年、アディーン卿の退職に伴い、ついに君主の私書官という最高責任者のポストに就任します。1977年に退任するまで、女王の公務や政治的調整を担う中心人物として活躍しました。退任後は、母校であるイートン校の校長に就任し、1991年まで教育者の道を歩みました。
晩年の彼は、1995年の雑誌『スペクテイター』へのインタビューで、王室メンバーに対する率直すぎる評価を述べたことで注目を集めました。ヨーク公爵夫人を「俗っぽい」、当時の皇太子(現チャールズ3世)を「泣き言が多い」と評するなど、宮廷内部の人間ならではの鋭い視点を示しました。
栄誉と功績のまとめ
チャーターリス卿は、その長年の功績により、英国および海外から数多くの勲章を授与されました。特に英国の最高栄誉の一つであるバス勲章やロイヤル・ヴィクトリア勲章の騎士大十字章を受章しています。
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 軍歴 | 英国陸軍(キングズ・ロイヤル・ライフル軍団)中佐 |
| 王室職歴 | アシスタント私書官(1954-1972)、君主私書官(1972-1977) |
| 教育職 | イートン校 校長(1978-1991) |
| 爵位 | アミスフィールドのチャーターリス男爵(一代貴族) |
| 主な勲章 | GCB, GCVO, OBE, QSO, PC |
Frequently Asked Questions
チャーターリス卿はどのような役割を担っていましたか?
主にエリザベス2世女王の私書官として、君主の公務の管理や政府との連絡調整など、王室運営の実務的な最高責任者を務めていました。
軍人としての経歴はどのようなものでしたか?
英国陸軍のキングズ・ロイヤル・ライフル軍団に所属し、第二次世界大戦中には中東地域で戦い、最終的に中佐の階級にまで昇進しました。
退任後にどのような活動をしましたか?
1977年に私書官を退いた後、名門イートン校の校長(Provost)に就任し、1991年まで教育に携わりました。また、1978年には一代貴族として男爵位を授かり、貴族院議員としても活動しました。
ドラマ『ザ・クラウン』での描かれ方は正確ですか?
Netflixのドラマ『ザ・クラウン』にも登場しますが、劇中では実際の歴史よりもかなり長い期間、私書官の職に就いていた設定で描かれています。