13世紀半ば、現在のイラン東アゼルバイジャン州に建設されたマラガ天文台は、当時のユーラシア大陸において最も先進的な科学研究機関の一つでした。ペルシャの碩学ナースィール・アッディーン・トゥースィーの主導と、モンゴル帝国の支配者フラグによる強力な後援によって設立されたこの施設は、単なる観測所にとどまらず、数学や天文学の画期的な計算が行われた研究センターであり、高度な教育機関としての役割も果たしていました。
Key Facts
- 設立時期: 1259年頃(イル・ハン国時代)
- 主導者: 天文学者ナースィール・アッディーン・トゥースィー
- 後援者: モンゴル帝国の君主フラグ
- 主要成果: 天文表『ズィージュ・イ・イルハーン』の編纂、トゥースィーのカップルの考案
- 歴史的影響: サマルカンドのウルグ・ベク天文台などのモデルとなった
設立の背景と歴史的経緯
マラガ天文台の誕生には、モンゴル帝国による激動の征服史が深く関わっています。チンギス・ハンの孫であるフラグは、メソポタミアやペルシャを含む広大な地域を征服し、イル・ハン国を築きました。その過程で、アラムート城にいた学者トゥースィーと出会います。フラグはトゥースィーの深い学識を高く評価し、彼を宰相(ワズィール)に任命しました。

フラグ自身が占星術に強い関心を持っていたことや、兄のモンケ・ハンが数学や天文学を愛好していたことが、天文台建設の後押しとなりました。トゥースィーは、宗教寄進(ワクフ)という制度を利用して資金を確保し、1259年から数年をかけて建設に着手しました。これにより、統治者が公的に資金を提供して天文台を建設するという先駆的な事例が作られました。
施設構造と観測設備
天文台はマラガ市の西側にある平坦な丘の上に建設されました。敷地は約400メートル×150メートルの広さを持ち、機能的に設計されていました。中心となる塔を中心に、5つの円形プラットフォームが配置され、天体の位置や動きを精密に測定するための設備が整えられていました。

特に注目すべきは、太陽の動きを測定するための巨大なドームや、観測器具を自前で製作するための金属加工工房、そして膨大な蔵書を収めた図書館を備えていた点です。これらの設備により、研究者は外部に頼ることなく高度な観測と理論研究を同時に行うことができました。


世界中から集った知性と学術的成果
マラガ天文台の名声はイスラム世界のみならず、遠く中国にまで届いていました。世界各地から数学、物理学、天文学を学ぶ学生や学者が集まり、教育的な側面も重視されていました。ここでは、ダマスカス出身のムアッイド・アッディーン・アル・ウルディーや、中国の天文学者ファオ・ムンジなど、多様な背景を持つ専門家たちが共同研究を行いました。

約12年にわたる集中的な研究の結果、惑星の運動を詳細に記した天文表『ズィージュ・イ・イルハーン(Ilkhanic Tables)』が完成しました。また、トゥースィーはプトレマイオスの天動説における矛盾を解決するため、幾何学的なモデルである「トゥースィーのカップル」を考案しました。これは後の天文学に多大な影響を与えた重要な理論的進歩です。

主要な貢献者の役割
| 人物名 | 主な役割・貢献 |
|---|---|
| ナースィール・アッディーン・トゥースィー | 初代所長。トゥースィーのカップル考案、天文表の編纂を主導。 |
| ムアッイド・アッディーン・アル・ウルディー | 建設責任者およびエンジニア。壁面四分儀などの観測器具を設計。 |
| フラグ | イル・ハン国の君主。ワクフを通じて建設資金と政治的後援を提供。 |
| ファオ・ムンジ | 中国の天文学者。中国の観測経験を導入し、プトレマイオス体系を改良。 |
衰退と後世への遺産
天文台は50年以上にわたって活動し、100人以上の天文学者が研究に従事しましたが、13世紀後半から衰退が始まりました。後援者であったフラグ(1265年没)とその息子アバカ(1282年没)の死により、財政的な支援が途絶えたことが大きな要因です。その後、度重なる地震や地域的な紛争により施設は崩壊し、貴重な蔵書も失われました。
しかし、その設計思想は後世に受け継がれました。15世紀にサマルカンドに建てられたウルグ・ベク天文台は、マラガ天文台の規模や構造をモデルにしており、それがさらにヨーロッパの天文台建設に影響を与えるという連鎖を生みました。
現代における再発見と保存
長らく忘れ去られていたこの地は、1972年に考古学者パルヴィズ・ヴァルジャヴァンドによる発掘調査で再び光を浴びました。調査の結果、中心塔や居住区、モスク、さらには中国やモンゴルの宗教様式に似た岩窟寺院のような構造物が発見されました。また、当時の銅貨や金貨、装飾タイルなどの遺物も出土し、当時の繁栄を物語っています。
現在は、タブリーズ大学とマラガ市が協力して遺跡の管理と保護にあたっており、遺構を保護するためのドーム状のカバーが設置されるなど、歴史的価値を次世代に伝えるための修復プロジェクトが進められています。
Frequently Asked Questions
マラガ天文台が歴史的に重要とされる理由は何ですか?
単なる観測所ではなく、世界中から学者が集まる研究・教育機関として機能し、プトレマイオス体系を改良するなどの理論的進歩を成し遂げたためです。また、後のウルグ・ベク天文台などのモデルとなり、近代天文学への橋渡し役となりました。
「トゥースィーのカップル」とはどのようなものですか?
円運動を組み合わせて直線運動を作り出す幾何学的な仕組みです。これにより、当時の天文学の主流であったプトレマイオスの計算モデルにあった不整合を解消しようと試みました。
なぜ天文台は衰退してしまったのでしょうか?
最大の要因は、後援者であったイル・ハン国の君主たちの死による資金援助の停止です。それに加えて、頻発した地震や地域紛争による物理的な破壊が重なり、次第に廃墟となりました。
現代ではどのような状態で保存されていますか?
1972年の発掘以降、遺跡として管理されています。現在はタブリーズ大学などが主導し、保護用のドーム設置や修復作業が行われており、歴史的な科学遺産として保存されています。
References
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