Model of ''Luna 24'' Moon lander
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ルナ24号ソ連による最後の月面サンプルリターン計画

🗓 2026年8月11日

1970年代、宇宙開発競争の時代において、旧ソビエト連邦は無人探査機による月面調査に注力していました。その集大成とも言えるのが、1976年に実施されたルナ24号ミッションです。この計画は、月面の未知なる領域から土壌サンプルを地球に持ち帰ることを目的とした、ソ連にとって3度目のサンプルリターン挑戦でした。

ルナ24号は、月面の「危機の海(Mare Crisium)」という、巨大なマスコン(質量集中領域)が存在する地域をターゲットにしました。この地への到達は困難を極め、過去の試行錯誤を経てようやく成功を収めた歴史的なミッションとなりました。

Key Facts

  • ミッション目的: 月面からの土壌サンプル回収と地球への帰還。
  • 着陸地点: 月の危機の海にある直径64mのクレーター「レフ」の北西縁。
  • 回収量: 170.1gの月面土壌を地球に持ち帰った。
  • 歴史的意義: ソ連による最後の月探査機であり、2013年の中国・嫦娥3号まで、その後37年間唯一の月面ソフトランディング成功機となった。
  • 特筆事項: 回収サンプルから水分の存在が示唆された(後年、議論の対象となった)。

機体構造と技術的仕様

ルナ24号は「Ye-8-5M」というバス(機体基幹部分)を採用しており、大きく分けて「降下段」と「上昇段」の2つのステージで構成されていました。全体の打ち上げ重量は約5,800kgに及び、NPOラヴォチキン社によって製造されました。

降下段は、ルノホート(月面車)でも使用された円筒形の構造をベースにしており、4本の着陸脚と燃料タンク、そして高度を測定するレーダー高度計を備えていました。主エンジンであるKTDU-417は推力調整が可能で、軌道投入から減速、最終的な着陸までを制御しました。また、土壌を採取するための90cmの伸縮式アームとドリル、テレビカメラ、放射線・温度モニターなどの観測機器が搭載されていました。

Model of ''Luna 24'' Moon lander

一方の上昇段は、高さ約2メートルの小型円筒形で、内部に密閉されたサンプル容器と再突入カプセルを格納していました。KRD-61ロケットエンジンを搭載し、一度だけ点火して地球への帰還軌道に乗る設計となっていました。このカプセル自体の直径は50cm、重量は39kgという非常にコンパクトな設計でした。

ミッションの経過と成果

1976年8月9日、バイコヌール宇宙基地からプロトンKロケットによって打ち上げられたルナ24号は、8月14日に月周回軌道に投入されました。その後、数回の軌道修正を経て、8月18日に危機の海へ安全に着陸しました。この正確な着陸地点は、2012年にルナー・リコネサンス・オービター(LRO)のカメラによって特定されています。

着陸後、地上からの指令を受けた探査機はドリルを約2メートルまで地中に打ち込み、サンプルを採取してカプセルに封印しました。8月19日に月面を離脱したカプセルは、約3日間の旅を経て8月22日に西シベリアのスルグト南東約200kmの地点にパラシュートで降下し、無事に回収されました。

回収された170.1gの土壌を分析した結果、層状の構造を持っていることが判明しました。これは、過去に堆積物が繰り返し積み重なったことを示唆しています。また、ソ連は1976年12月に、このサンプルの一部をNASAの月サンプルと交換し、国際的な科学協力を行いました。

サンプルリターンミッションの比較

ソ連による月面サンプルリターン計画の成果
ミッション名 回収サンプル量 実施年
ルナ16号 101 g 1970年
ルナ20号 30 g 1972年
ルナ24号 170.1 g 1976年

月面における水の検出議論

1978年、ヴェルナドスキー地球化学・分析化学研究所の研究チームが、ルナ24号が持ち帰ったサンプルに質量比で約0.1%の水が含まれていると発表しました。赤外線吸収分光法を用いたこの分析結果は、当時としては画期的な「月面における水」の初の検出例として注目されました。

しかし、この結果については、地球上での汚染(コンタミネーション)を完全に排除できたかという点について研究者自身が慎重な姿勢を示しており、他の研究者によって完全に裏付けられたわけではありません。それでも、月面資源としての水の可能性を提示した重要な議論の端緒となりました。

Frequently Asked Questions

ルナ24号が着陸した「危機の海」とはどのような場所ですか?

月の表面にある玄武岩質の平原(海)の一つで、地下に大きな質量集中(マスコン)が存在することが知られています。このため重力場が複雑であり、探査機の着陸には高度な制御が必要な地域でした。

ルナ24号のミッションはどのような歴史的意味がありますか?

ソ連による最後の月探査機であるとともに、2013年に中国の嫦娥3号が着陸するまで、世界で最後に月面へのソフトランディングに成功した機体となりました。また、サンプルリターンとしては2020年の嫦娥5号まで、40年以上の間、最後の成功例でした。

採取されたサンプルの特徴は何でしたか?

170.1gの土壌が回収され、分析の結果、層状の構造を持っていることが分かりました。これは、月面において物質が段階的に堆積した歴史があることを示しています。

月面で水が見つかったというのは本当ですか?

1978年にソ連の科学者がサンプル中に約0.1%の水が含まれていると報告しましたが、地球での汚染の可能性が否定できず、他の研究者によって確定的な事実として認められたわけではありません。

ルナ24号はどのようにしてサンプルを地球に持ち帰りましたか?

降下段に搭載されたドリルで土壌を採取し、それを上昇段にある密閉カプセルに格納しました。その後、上昇段のロケットエンジンを点火して月を離脱し、カプセルのみを地球の大気圏に再突入させてパラシュートで回収しました。

References

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