ロングアイランド大学(LIU)のスポーツプログラムは、時代の変遷とともに大きな転換期を迎えてきました。かつては各キャンパスで個別に運営されていた競技チームでしたが、現在は統合された強力な体制へと進化しています。本記事では、現在の「LIUシャークス」に至るまでの経緯と、特に波乱万丈な歴史を持つバスケットボール部の軌跡を辿ります。
統合による新体制の誕生
2019-2020年度より、LIUシステムはスポーツプログラムの統合を実施しました。これにより、すべての競技チームはLIUシャークスという統一名称で活動し、一つの統合されたプログラムとして競い合うこととなりました。
この統合以前は、LIUブルックリン校のみがNCAAディビジョンI(全米大学体育協会の最高レベルのリーグ)に参戦しており、18の代表チームを擁していました。当時のチーム名は「ブラックバード」として親しまれていました。
バスケットボール部の栄光と葛藤
全米トップへの躍進と信念ある決断
男子バスケットボール部は、1930年代に黄金時代を迎えました。特に1935-1936シーズンには25戦全勝という快挙を成し遂げ、全米最強のチームと目されるまでになります。バスケットボールがオリンピック種目となった1936年のベルリン大会では、LIUのスターティングメンバー5名が米国代表として選出されることがほぼ確実視されていました。
しかし、当時のドイツ政府による激しい反ユダヤ主義的な体制に抗議するため、チームは秘密投票を実施。その結果、オリンピックへの不参加を決定するという、スポーツの枠を超えた信念ある選択を行いました。
全米大会での成功と暗い影
その後もチームは躍進を続け、クレア・ビー監督の指導のもと、1939年と1941年には全米招待大会(NIT)で優勝を果たしました。しかし、1951年には大学スポーツ界を揺るがした「CCNYポイントシェービング・スキャンダル(賭博目的の得点操作事件)」に巻き込まれます。
この事件により、5名の選手に執行猶予付き判決が下され、1名が1年の禁錮刑、さらに元選手2名が賭博の仲介役として数年の禁錮刑に処されました。この不祥事の結果、バスケットボール部は1951年から1957年までの6年間にわたり活動停止処分となりました。なお、チームは長らくブルックリン・パラマウント・シアターを拠点に試合を行っていました。
現代における挑戦と実績
近年の活動では、1997年にNCAA男子バスケットボールトーナメントの東地区13番シードとして出場しましたが、初戦でビラノバ大学に91-101で敗れました。その後、2011年にはノースイースト・カンファレンスのレギュラーシーズンおよびトーナメントの両方で優勝し、シーズン終盤には13連勝を記録。同年のNCAAトーナメントでは東地区15番シードとして出場し、2番シードのノースカロライナ大学と対戦しました。
Key Facts
- 現在の名称: LIUシャークス(2019-2020年度より統合)
- 旧名称: LIUブルックリン・ブラックバード(統合前)
- 歴史的快挙: 1935-36シーズンに25戦全勝を達成
- 政治的決断: 反ユダヤ主義への抗議として1936年ベルリン五輪への出場を辞退
- 不祥事の影響: 1951年の得点操作事件により6年間の活動停止処分
- 近年の実績: 2011年にノースイースト・カンファレンスで優勝
以下に、LIUスポーツプログラムの変遷をまとめます。
| 項目 | 統合前(〜2019年) | 統合後(2019年〜) |
|---|---|---|
| チーム名称 | ブラックバード(ブルックリン校) | LIUシャークス |
| 運営体制 | キャンパス別運営 | 統合プログラム |
| 主要競技レベル | ディビジョンI(ブルックリン校) | 統合ディビジョンI |
Frequently Asked Questions
LIUシャークスとは何ですか?
ロングアイランド大学(LIU)が2019-2020年度にスポーツプログラムを統合し、全チームに適用した現在の統一名称です。
かつてのチーム名は何でしたか?
統合前、ディビジョンIで活動していたLIUブルックリン校のチーム名は「ブラックバード」でした。
1936年のベルリンオリンピックに出場しなかったのはなぜですか?
当時のドイツ政府による反ユダヤ主義的な政治体制に反対し、チーム内での秘密投票の結果、出場しないことを決定したためです。
1951年に起きたスキャンダルとはどのような内容ですか?
CCNYポイントシェービング・スキャンダルと呼ばれる、賭博師と結託して試合の得点を操作した事件です。これにより、複数の選手が有罪判決を受け、チームは6年間の活動停止となりました。
2011年のバスケットボール部の成績はどうでしたか?
ノースイースト・カンファレンスのレギュラーシーズンとトーナメントの両方で優勝し、シーズン終盤には13連勝を記録しました。