19世紀後半のアメリカ、ニューメキシコ州のリンカーン郡を舞台に、権力と利権を巡る凄惨な紛争が巻き起こりました。それがリンカーン郡戦争です。この抗争は、単なる無法者たちの喧嘩ではなく、地域の司法制度を掌握していた権力者と、それに抗った人々との間の深い対立から始まりました。伝説的なアウトロー、ビリー・ザ・キッドもこの激動の渦中にいた一人でした。
Key Facts
- 発端:1878年2月18日、ジョン・タンスティルの非情な殺害が引き金となった。
- レギュレーターズ:タンスティルの死をきっかけに結成された復讐および法執行グループ。
- 主要な対立:マーフィー・ドーラン派(権力側)対 レギュレーターズ(タンスティル側)。
- 転換点:州知事の決定により、レギュレーターズの法的根拠が失われ、彼らは「無法者」へと転落した。
- 結末:リンカーンでの激しい市街戦を経て、米陸軍の介入により事態は収束に向かった。
抗争の幕開けと「レギュレーターズ」の結成
すべての始まりは、ジョン・タンスティルの殺害でした。1878年2月18日、シェリフ(保安官)の posse(追っ手)がタンスティルらを追い詰め、ジェシー・エヴァンスらによって彼は冷酷に射殺されました。この惨劇を、後に有名となるビリー・ザ・キッドを含む部下たちが遠くから目撃していました。
当時の司法制度はマーフィーやドーランといった権力者の息がかかっており、正当な裁判を期待できなかったため、タンスティルの牧場手たちは自ら正義を執行することを決意します。こうして結成されたのがレギュレーターズです。彼らの中には、ビリー・ザ・キッドやディック・ブリュワーなど、精鋭の「アイアンクラッド(鉄壁のメンバー)」と呼ばれる中心人物たちがいました。

法と暴力の境界線:ブラックウォーターの虐殺
レギュレーターズは当初、治安判事から副保安官に任命され、タンスティル殺害に関わった者たちに正当な逮捕状を執行しようとしました。しかし、ブレイディ保安官はこの動きを拒絶し、彼らを拘束します。その後、解放されたレギュレーターズは逃亡していたバック・モートンらを追い詰めました。
1878年3月9日、ブラックウォーター川沿いで衝撃的な事件が起こります。レギュレーターズは捕虜としていたモートン、ベーカー、マククロスキーの3名を殺害しました。彼らは「脱走しようとしたため」と主張しましたが、遺体に残された大量の弾痕から、組織的な処刑であったと見られています。

エスカレートする暴力と権力の介入
事態を重く見たブレイディ保安官は州政府に助けを求めました。これを受けたサミュエル・B・アクステル州知事は、レギュレーターズに権限を与えた治安判事の任命が無効であったとの裁定を下します。これにより、それまで「法執行」を自称していたレギュレーターズの行動は、一夜にしてすべて「違法」な犯罪行為へと変わりました。
怒りに燃えるレギュレーターズは、1878年4月1日、リンカーンのメインストリートでブレイディ保安官とその部下を急襲します。この激しい銃撃戦でブレイディとヒンドマンが死亡。ビリー・ザ・キッドらもこの戦いで負傷し、抗争はもはや後戻りできない血の報復合戦へと発展しました。

絶望的な戦い:ブレイザーズ・ミルからフリッツ・ランチへ
ブレイディ殺害の3日後、レギュレーターズはブレイザーズ・ミルでバックショット・ロバーツと対峙しました。ロバーツは頑強に抵抗し、レギュレーターズのリーダーであったディック・ブリュワーを射殺します。この敗北はグループに大きな打撃を与えました。

その後、リーダーをマクナブに替えたレギュレーターズは、フリッツ・ランチでの銃撃戦で再び苦戦します。マクナブが戦死し、メンバーの捕縛や負傷が相次ぎました。さらに彼らは、政府軍である米陸軍騎兵隊に対しても銃撃を行ったとされており、州政府だけでなく連邦政府をも敵に回すことになります。

最終決戦:リンカーンの市街戦
1878年7月15日、抗争はクライマックスを迎えます。レギュレーターズはリンカーンの町にあるマクスウィーン邸とエリス商店の2箇所に立てこもり、ドーラン派の軍勢に包囲されました。数日間にわたる激しい撃ち合いが続き、ついに米陸軍のネイサン・ダドリー大佐率いる部隊が介入し、大砲を向けました。
7月19日、ドーラン派がマクスウィーン邸に火を放ちます。炎に包まれる家の中から、ビリー・ザ・キッドらは激しい銃撃を潜り抜け、奇跡的に脱出に成功しました。しかし、この混乱の中でアレクサンダー・マクスウィーンらが死亡し、抗争は悲劇的な結末を迎えました。
リンカーン郡戦争の概要まとめ
| 項目 | レギュレーターズ側 | マーフィー・ドーラン側 |
|---|---|---|
| 中心人物 | ジョン・タンスティル、ビリー・ザ・キッド | マーフィー、ドーラン、ブレイディ保安官 |
| 主な目的 | タンスティルの復讐、正義の執行 | 地域の経済・政治的支配の維持 |
| 法的地位 | 当初は副保安官(後に剥奪) | 正規の保安官および州政府支持 |
| 最終的な運命 | 敗北し、多くのメンバーが逃亡または死亡 | 軍の介入により実質的な勝利 |
Frequently Asked Questions
リンカーン郡戦争が始まった直接的な原因は何ですか?
1878年2月、ジョン・タンスティルが保安官の追っ手によって射殺されたことが直接的な引き金となりました。これにより、彼の部下たちが復讐のために「レギュレーターズ」を結成しました。
ビリー・ザ・キッドはこの戦争でどのような役割を果たしましたか?
彼はレギュレーターズの主要メンバー(アイアンクラッド)の一人として、ブレイディ保安官の殺害やリンカーンの市街戦など、多くの重要な銃撃戦に参加しました。
レギュレーターズは最初から犯罪集団だったのでしょうか?
いいえ。当初は治安判事から副保安官に任命されており、法的な逮捕状に基づいて行動していました。しかし、州知事がその任命を無効としたため、法的に犯罪者扱いとなりました。
ブラックウォーターの虐殺とは何ですか?
レギュレーターズが捕虜としていたバック・モートンら3名を殺害した事件です。彼らは脱走しようとしたためだと主張しましたが、実際には処刑されたと考えられています。
抗争はどのようにして終結しましたか?
米陸軍が介入し、大砲を用いてレギュレーターズを包囲・圧迫したことで、組織的な抵抗が不可能となり、市街戦の後に事実上の終結を迎えました。
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