アジア系アメリカ人のアイデンティティと歴史を保存し、後世に伝えることに人生を捧げた人物がいます。ジュディ・ヤング(Judy Yung)は、図書館員としてのキャリアから始まり、最終的には大学教授として、そして歴史家として、これまで光が当たりにくかった中国系移民たちの声を形にした先駆者です。

主要な実績と事実

  • 先駆的な図書館運営: 米国初のアジア系公共図書館をオークランドに設立し、言語資料の整備を推進した。
  • エンジェル島の詩の復元: 拘留所に残された中国語の詩を翻訳し、移民の苦難の歴史を記録した。
  • 女性史への貢献: 中国系アメリカ人女性の歴史に関する初の巡回展と書籍を制作した。
  • 学術的指導: UCサンタクルーズ校にてアジア系アメリカ人研究プログラムを創設し、後進を育成した。

生い立ちと学問への道

サンフランシスコのチャイナタウンで、中国からの移民の両親のもと6人姉妹の5番目に生まれたヤングは、労働者階級の家庭環境の中で育ちました。彼女は公立学校と中国語学校の両方に10年間通い、バイリンガルとしての教育を受けました。

学問への情熱は高く、1967年にサンフランシスコ州立大学で英文学と中国語の学士号を取得し、翌年にはカリフォルニア大学バークレー校で図書館学の修士号を得ました。その後、研究者としての専門性を高めるため、再びバークレー校に戻り、1994年にはエスニック研究(特定の民族集団の文化や歴史を研究する学問)の博士号を取得しています。

図書館員としての革新とコミュニティへの奉仕

キャリアの初期、ヤングはサンフランシスコ公共図書館のチャイナタウン分館で勤務しました。その後、オークランド公共図書館のパーク・ブールバード分館において、全米初となるアジア系公共図書館を設立するという快挙を成し遂げました。これは、アジア系コミュニティがより適切にサービスを受けられるよう、アジア言語の資料やアジア系アメリカ人に関連するコレクションを体系的に整備した画期的な取り組みでした。

また、彼女は図書館員としての活動にとどまらず、新聞「East West」の副編集長として4年間勤務し、メディアを通じた情報発信にも携わりました。

忘れ去られた声を記録する:エンジェル島と女性史

1975年、ヤングはエンジェル島の拘留所跡の壁に刻まれた中国語の詩を発見したことに強い衝撃を受けます。これを機に、ヒム・マーク・ライおよびジェニー・リムと共に、詩の翻訳と元拘留者へのインタビューという大規模な調査プロジェクトを開始しました。その成果は1980年に自費出版され、後に2014年にワシントン大学出版局から拡大版として刊行されました。

さらに1981年から1983年にかけては、連邦政府の助成金を得て「Chinese Women of America Research Project」を主導しました。これにより、中国系アメリカ人女性の歴史をテーマにした初の巡回展が実現し、写真集形式の書籍『Chinese Women of America: A Pictorial History』がまとめられました。

教育者としての歩みと晩年

1990年に博士号を取得した後、ヤングはカリフォルニア大学サンタクルーズ校に招聘され、アジア系アメリカ人研究プログラムをゼロから構築しました。2004年に退職するまで、女性史口述歴史(聞き書きによる歴史記録)、ミックスレース(混血)などの講義を通じて、多様な視点からの歴史教育を実践しました。

退職後も、歴史コンサルタントとして映画制作や地域団体を支援し、執筆活動を続けました。私生活では、第二次世界大戦中の捕虜であったエディ・ファンと2003年に結婚し、サンタクルーズで生活を送りました。2018年に夫に先立たれた後、故郷であるサンフランシスコに戻りました。

彼女の知見は、2021年のドキュメンタリー映画『The Six』にも反映されており、タイタニック号の生存者であるフォン・ウィング・サンが残した詩や、エンジェル島の移民たちが綴った言葉の重要性について解説しています。

ジュディ・ヤングは2020年12月14日、自宅での転倒による合併症のため、74歳でこの世を去りました。

ジュディ・ヤングの経歴まとめ

ジュディ・ヤングの主要キャリアと業績
期間・年代 主な活動・役職 主要な成果
1960年代後半〜70年代 図書館員 / 新聞副編集長 全米初のアジア系公共図書館を設立
1975年〜1980年 エンジェル島研究プロジェクト 拘留所の詩の翻訳と移民体験の記録
1981年〜1983年 中国系アメリカ人女性研究プロジェクト 初の巡回展および写真史書籍の出版
1990年〜2004年 UCサンタクルーズ校教授 アジア系アメリカ人研究プログラムの創設

Frequently Asked Questions

ジュディ・ヤングが設立した図書館の特筆すべき点は何ですか?

オークランド公共図書館のパーク・ブールバード分館に、米国で初めてのアジア系公共図書館を設立したことです。アジア言語の資料やアジア系アメリカ人の関心事に特化したコレクションを整備し、コミュニティへのサービスを向上させました。

エンジェル島での研究ではどのようなことを行いましたか?

拘留所の壁に残されていた中国語の詩を翻訳し、当時の拘留者へのインタビューを実施しました。これにより、1910年から1940年にかけての中国系移民の苦難と歴史を記録した書籍を出版しました。

大学ではどのような科目を教えていましたか?

カリフォルニア大学サンタクルーズ校において、アジア系アメリカ人研究、女性史、口述歴史、およびミックスレース(混血)に関する講義を担当しました。

彼女の研究が後世に与えた影響は何ですか?

これまで軽視されがちだった中国系アメリカ人女性の歴史や、移民拘留所の記録を学術的・視覚的に保存したことで、アジア系アメリカ人のアイデンティティ研究に大きな貢献をしました。

ドキュメンタリー映画『The Six』ではどのような役割を果たしましたか?

タイタニック号の生存者であるフォン・ウィング・サンが書いた詩や、エンジェル島に拘留されていた移民たちが残した詩の歴史的な意義について解説し、出演しました。