私たちの身の回りの自然界や、日々の料理の中で密かに姿を現す化合物があります。それが硫化鉄(II)(別名: ferrous sulfide)です。化学式 FeS で表されるこの物質は、黒色の固体として存在し、水に溶けないという特性を持っています。一見すると単純な化合物ですが、その化学的な挙動は環境汚染の指標から生物学的な機能まで、幅広く関わっています。
硫化鉄(II)は、厳密な比率で構成されない「非化学量論的」な性質を持つことが多く、さまざまな形態の鉱物として地球上に分布しています。

Key Facts
- 化学式: FeS(モル質量 87.910 g/mol)
- 外観: 灰色から黒色の粉末または塊状の固体
- 溶解性: 水にはほぼ不溶だが、酸とは激しく反応する
- 主な危険性: 硫化水素の発生源となり、条件によっては自然発火する可能性がある
- 自然界での形態: 鉄硫黄タンパク質や、低酸素状態の泥(ヘドロ)の黒色の原因となる
化学的特性と構造
硫化鉄(II)は、鉄(Fe)と硫黄(S)を加熱することで合成されます。その結晶構造は「ニッケル砒化物構造」と呼ばれ、鉄原子が八面体中心に、硫黄原子が三角柱状のサイトに配置されているのが特徴です。

反応性と危険性
この物質の最も顕著な化学的特徴は、酸と反応して硫化水素 (H2S) という有毒ガスを放出することです。例えば、塩酸や硫酸と反応させると、それぞれ塩化鉄(II)や硫酸鉄(II)へと変化し、同時に硫化水素が発生します。また、湿った空気中では酸化が進み、水和硫酸鉄(II)へと変化します。
安全管理上の注意点として、NFPA 704の基準では火災・健康・反応性の各指標で評価されており、特に硫化水素の発生源となる点に注意が必要です。

生物学および自然界での役割
環境中の硫化鉄
沼地や湖・海洋の「デッドゾーン」のような低酸素状態(ハイポキシア)の環境では、硫酸還元菌という細菌が活動します。これらの細菌が硫酸塩を還元して硫化水素を生成し、それが水中の金属イオンと反応することで、水に溶けない黒色や褐色の金属硫化物(硫化鉄など)が形成されます。これが、底泥(ヘドロ)が黒くなる主な理由です。例えば、Desulfovibrio属の細菌が排出する廃棄物として、磁鉄鉱の一種である pyrrhotite(磁硫鉄鉱)が知られています。
生体内の機能
微視的な視点では、硫化鉄は「鉄硫黄タンパク質」という形態で広く自然界に存在しており、生命維持に不可欠な生物学的プロセスを担っています。
日常生活に見られる硫化鉄(II)
意外なことに、硫化鉄(II)はキッチンでも観察できます。ゆで卵を加熱しすぎた際、黄身の表面が緑色に変化することがあります。これは、黄身に含まれる鉄分が、加熱によって白身から放出された硫化水素と反応し、硫化鉄(II)が形成されるために起こる現象です。特に、白身のアルカリ度が高くなる古い卵ほど、この反応は速く進みます。

微生物の識別への応用
科学的な分析においても、硫化鉄(II)は利用されています。「ペプトン鉄アガー」という培地を用いると、システイン脱硫酵素を持つ微生物を識別できます。システインが分解されて硫化水素が発生し、培地内の指示薬であるクエン酸鉄(III)と反応して黒色の硫化鉄(II)が沈殿するため、視覚的に判定が可能です。
硫化鉄(II)の基本データまとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| CAS番号 | 1317-37-9 |
| 密度 | 4.84 g/cm3 |
| 融点 | 1,194 °C |
| 水溶性 | 不溶(無視できるレベル) |
| 磁化率 | +1074·10 cm/mol |
Frequently Asked Questions
ゆで卵の黄身が緑色になるのはなぜですか?
黄身に含まれる鉄と、白身から出た硫化水素が熱反応を起こし、硫化鉄(II)が形成されるためです。これは特に加熱時間が長い場合や、卵が古い場合に顕著に現れます。
硫化鉄(II)は水に溶けますか?
いいえ、硫化鉄(II)は水にほとんど溶けない不溶性の固体です。
酸と反応させるとどうなりますか?
塩酸や硫酸などの酸と反応すると、化学的に分解され、有毒な硫化水素ガスを放出します。
自然界でどのようにして作られますか?
主に硫酸還元菌などの細菌が、酸素の少ない環境で硫酸塩を還元して硫化水素を作り、それが鉄イオンと結合することで生成されます。
硫化鉄(II)の危険な点は何ですか?
酸に触れた際に猛毒の硫化水素ガスを発生させる点と、条件によっては自然発火(pyrophoric)する可能性がある点が挙げられます。
References
- H. Lux "Iron (II) Sulfide" in Handbook of Preparative Inorganic Chemistry, 2nd Ed. Edited by G. Brauer, Academic Press, 1963, NY. Vol. 1. p. 1502.
- Hydrogen Sulfide Generator
- Belle Lowe (1937), "The formation of ferrous sulfide in cooked eggs", Experimental cookery from the chemical and physical standpoint, John Wiley & Sons
- "What causes a green ring around the yolk of a hard-cooked egg?". 2024-09-18. Retrieved 2025-07-20.
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