化学の世界において、原子やイオンの「大きさ」を把握することは、物質の性質や結晶構造を理解する上で不可欠です。特にイオン半径(Ionic radius)は、イオン結晶内での単原子イオンの半径を指し、化学結合の性質や物質の安定性を決定づける重要な指標となります。
厳密には、イオンには明確な境界線が存在しません。しかし、計算やモデル化においては、陽イオンと陰イオンの半径の合計が結晶格子内でのイオン間距離に等しくなるような「硬い球体」として扱うのが一般的です。単位にはピコメートル(pm)やオングストローム(Å)が用いられ(1 Å = 100 pm)、その値は概ね31 pmから200 pm以上にまで及びます。
また、この概念は液体溶液中の溶媒和イオンにも拡張でき、その場合はイオンを取り囲む溶媒分子の層(溶媒和圏)を考慮して評価されます。

Key Facts
- 電荷の影響: 電子を失って陽イオンになると半径は小さくなり、電子を得て陰イオンになると電子間の反発により半径は大きくなる。
- 周期的な傾向: 同一グループ内では、周期表の下にいくほどイオン半径は増大する。
- 変動要因: 半径は固定値ではなく、配位数(周囲に接するイオンの数)やスピン状態によって変化する。
- 電荷量との関係: 一般的に、正電荷が増えるほど半径は小さくなり、負電荷が増えるほど半径は大きくなる。
イオン半径を決定する要因と傾向
電荷と電子配置による変化
中性原子がイオン化すると、そのサイズは劇的に変化します。陽イオンの場合、核による電子への引力が相対的に強まるため、電子雲が収縮し半径が減少します。対照的に、陰イオンでは追加された電子による相互反発が起こり、電子雲が拡大するため、元の原子よりもサイズが大きくなります。
配位数とスピン状態の影響
イオン半径は単一の固定値ではありません。例えば、配位数(Coordination number)が増加すると、同じイオンであってもそのサイズは大きくなる傾向にあります。また、遷移金属などの場合、電子配置による「高スピン状態」か「低スピン状態」かによっても半径が異なり、一般に高スピン状態の方が大きな半径を持ちます。
共有結合性の影響
理論上のイオン半径から大きく外れた値が観測される場合、それは結合に強い共有結合性が含まれているサインです。完全なイオン結合というものは存在せず、特に遷移金属を含む化合物ではこの傾向が顕著です。例えば、ナトリウム(Na)と銀(Ag)のハロゲン化物を比較すると、塩化物や臭化物では銀の結合距離が短くなり、見かけ上のイオン半径が小さくなります。これは銀の結合がより共有結合的な性質を持つためであり、電気陰性度の高いフッ化物ではこの現象は抑えられます。
イオン半径の測定と算出手法
X線結晶構造解析によるアプローチ
現代の化学では、X線結晶構造解析を用いて結晶の単位格子の辺の長さを測定し、イオン間距離を算出します。例えば、塩化ナトリウム(NaCl)の単位格子の辺の長さから、Na-Cl間の距離を導き出すことができます。ただし、この手法では「イオン間の距離」は分かりますが、「どこまでがイオンの境界か」という個別の半径を直接特定することはできません。
歴史的な推定モデル
個別の半径を求めるため、多くの科学者がモデルを提案してきました。
- ランデ(Landé): LiIのように陽イオンと陰イオンのサイズ差が極めて大きい結晶に着目しました。小さなLi+が大きなI-の隙間に収まるため、I-同士が接していると仮定し、そこから陰イオンの半径を導き出しました。
- ワサステリナ(Wasastjerna)とゴールドシュミット(Goldschmidt): 屈折率の測定から得られる電気分極率に基づき、イオンの相対的な体積から半径を推定しました。
- ポーリング(Pauling): 有効核電荷を用いて、イオン間距離を陽イオンと陰イオンに配分する手法を導入しました。
- シャノン(Shannon): 膨大な結晶構造データを再検討し、配位数やスピン状態に応じた修正値を発表しました。彼は、酸素イオンの半径を140 pmとする「有効イオン半径」と、126 pmとする「結晶イオン半径」の2種類を提示しています。

高度なモデルと非球形イオン
ソフトスフィアモデル
イオンを完全に硬い球体と見なすモデルでは、実際の測定値と乖離が生じることがあります。これを改善するために提案されたのがソフトスフィアモデルです。このモデルでは、イオン同士がわずかに重なり合う「柔らかい球」として定義します。計算式には指数 $k$ が導入され(通常1から2の間)、これにより実験値と極めて高い精度で一致させることが可能になります。
非球形イオンの検討
多くの議論ではイオンを球形と仮定しますが、これは高い対称性を持つ格子サイトに位置する場合に限られます。対称性の低いサイトにあるイオンは、電子密度が歪み、球形から逸脱することがあります。例えば、パイライト型化合物中のカルコゲンイオンは、対称軸に沿った方向とそれに垂直な方向で半径が異なる「楕円体」としてモデル化する必要があります。
イオン半径のまとめ
| 要因 | 半径への影響 | 備考 |
|---|---|---|
| 正電荷の増加 | 減少(小さくなる) | 核による引力の増大 |
| 負電荷の増加 | 増加(大きくなる) | 電子間の反発増大 |
| 配位数の増加 | 増加(大きくなる) | 周囲の環境による影響 |
| 周期表の下方移動 | 増加(大きくなる) | 電子殻の数が増えるため |
| 共有結合性の強まり | 見かけ上の減少 | 結合距離が短縮される |
Frequently Asked Questions
なぜイオン半径は一定の値ではないのですか?
イオンのサイズは、周囲にどれだけのイオンが配置されているか(配位数)や、電子の配置状態(スピン状態)によって変化するためです。また、結合の共有結合性の度合いによっても、実効的な距離が変動します。
陽イオンと陰イオンでは、どちらが元の原子より小さくなりますか?
陽イオンです。電子を失うことで核の正電荷による引力が相対的に強まり、残った電子が中心に引き寄せられるため、半径は減少します。
シャノンの「有効イオン半径」と「結晶イオン半径」の違いは何ですか?
主に基準となる酸素イオン(O2-)の半径設定が異なります。有効イオン半径は140 pm、結晶イオン半径は126 pmを基準としており、後者の方が実際の固体中の物理的なサイズをより正確に反映していると考えられています。
ソフトスフィアモデルを導入するメリットは何ですか?
イオンを硬い球体として扱うよりも、実際の結晶中で観測されるイオン間距離をより正確に再現できる点です。イオン同士の重なりを許容することで、計算値と実験値の誤差を最小限に抑えられます。
イオンが球形ではないケースはありますか?
はい。結晶格子内のサイトの対称性が低い場合、電子密度が偏り、楕円体のような形状になることがあります。特に極性対称を持つサイトに位置するイオンで顕著に見られます。
References
- On the basis of conventional ionic radii, Ag+ (129 pm) is indeed larger than Na+ (116 pm)
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