かつてハワイ州で第2位の規模を誇った日刊紙ホノルル・スター・ブルティン(Honolulu Star-Bulletin)は、1世紀近くにわたり地域の声を代弁し、歴史的な瞬間を記録し続けたメディアでした。1912年の創刊から2010年の統合に至るまで、同紙は政治的激動や社会の変化とともに歩んできました。
主要な事実(Key Facts)
- 創刊:1912年(Evening BulletinとHawaiian Starの合併により誕生)
- 最終発行日:2010年6月6日(ホノルル・スター・アドバタイザーに統合)
- 歴史的功績:真珠湾攻撃のニュースを世界で初めて号外として速報
- 形式の変遷:長らくブロードシート(大判)形式だったが、2009年にタブロイド判へ移行
- 最終的な所有者:カナダのブラック・プレス(Black Press Ltd.)傘下のOahu Publications Inc.
黎明期から黄金時代へ:ファリントン家の時代
同紙のルーツは1882年に創刊された「Evening Bulletin」にまで遡ります。その後、1912年に「Hawaiian Star」と合併し、現在の名称であるホノルル・スター・ブルティンとなりました。初期の運営を主導したのは、後にハワイ準州知事を務めたウォレス・ライダー・ファリントンであり、彼の息子ジョセフ・ライダー・ファリントンと共に、長きにわたり発行責任者として同紙を牽引しました。

1962年からは、地元の投資家グループによる所有へと移行しました。この時期、ライバル紙であるホノルル・アドバタイザー紙との間で「共同運営協定(Joint Operating Agreement)」を締結。これにより、印刷設備や販売人員などの非編集部門を共有しつつ、編集方針においては独立性を保ち、ホノルル市民に異なる2つの視点を提供し続ける体制を構築しました。
歴史の転換点を記録した報道
ホノルル・スター・ブルティンは、ハワイの運命を分けた数々の出来事を最前線で伝えました。特に1941年12月7日の真珠湾攻撃の際は、世界で最も早く攻撃のニュースを伝えた号外を発行し、事件発生からわずか3時間以内に街頭で販売されました。

また、1959年のハワイ州昇格という歴史的瞬間にも、詳細な特別版を発行して祝祭ムードを伝えました。さらに、1960年代にはアポロ13号の乗組員が安全に帰還したニュースを、宇宙飛行士ジム・ラヴェル自身が同紙で読むという象徴的な場面も記録されています。

所有権の変遷と経営の苦境
1971年に米メディア大手のガネット社(Gannett Co. Inc.)が買収しましたが、1992年にはガネット社がライバル紙のアドバタイザー紙を買収するため、独占禁止法などの兼ね合いからスター・ブルティンをリバティ・ニューズペーパーズ社へ売却しました。しかし、この転換期を境に発行部数の減少と人員削減が進み、1999年には一度閉刊の危機に直面します。

地域住民による「Save Our Star-Bulletin」運動や法的措置を経て、2001年にカナダの出版王デビッド・ブラック氏が率いるブラック・プレスが同紙を救済しました。ブラック氏は本社をウォーターフロント・プラザに移転させ、再建を図りました。

デジタル化への挑戦と最終的な統合
1996年、同紙はハワイで初めての定期的なオンライン新聞を立ち上げ、デジタル時代の先駆けとなりました。この取り組みは高く評価され、多くの賞を受賞しましたが、印刷媒体としての経営状況は厳しさを増していきました。2009年にはコスト削減のため、伝統的なブロードシート形式からタブロイド形式へと変更しましたが、読者数の回復には至りませんでした。

最終的に、ブラック・プレスはより収益性の高かったホノルル・アドバタイザー紙の資産を取得することを決定。2010年6月7日、両紙は合併し、現在の「ホノルル・スター・アドバタイザー」として再出発することとなりました。これにより、1912年から続いた独立した日刊紙としての歴史に幕を閉じました。
ホノルル・スター・ブルティン概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 創刊年 | 1912年(前身は1882年) |
| 最終形態 | タブロイド判(2009年〜2010年) |
| 主要所有者 | ブラック・プレス(カナダ) |
| 発行部数(2007年時点) | 平日:64,073部 / 日曜:60,158部 |
| 統合先 | ホノルル・スター・アドバタイザー |
よくある質問(FAQ)
ホノルル・スター・ブルティンはなぜ閉刊したのですか?
主な理由は、読者数の減少とそれに伴う収益の悪化です。タブロイド判への変更などのコスト削減策を講じましたが、最終的に親会社のブラック・プレスがライバル紙であるアドバタイザー紙と統合させる判断を下しました。
「共同運営協定」とはどのような仕組みでしたか?
2つの競合する新聞社が、印刷所や配送、広告販売などのビジネス面(非編集部門)を共有し、コストを削減する仕組みです。一方で、編集権は完全に独立させていたため、読者は異なる視点のニュースを得ることができました。
この新聞が歴史的に最も重要だった報道は何ですか?
1941年12月7日の真珠湾攻撃に関する号外です。世界で最も早くこの衝撃的なニュースを印刷し、速報として届けたことで知られています。
現在の「ホノルル・スター・アドバタイザー」との関係は?
ホノルル・スター・ブルティンとホノルル・アドバタイザーの2紙が2010年に合併して誕生したのが、現在のホノルル・スター・アドバタイザーです。
デジタル版の取り組みはどうでしたか?
1996年にハワイで初のオンライン新聞を開始し、先駆的な取り組みを行いました。特にビデオプレゼンテーションなどの革新的な手法で、全米や世界的に高い評価を受けていました。
References
- Star-Bulletin Information page, Honolulu Star-Bulletin, archived from the original on 2008-02-20, retrieved 2008-02-24
- Kelly, Jim (September 28, 2007), "Star-Bulletin reports circulation of 64,000", Pacific Business News, Honolulu: American City Business Journals, retrieved 2008-05-20
- "Star-Bulletin will close Oct. 30 after 117 years", Honolulu Star-Bulletin, p. Star-Bulletin staff, September 16, 1999, archived from the original on 2004-12-12, retrieved 2008-02-24
- "Bulletin faces more challenges in future", Honolulu Star-Bulletin, p. Star-Bulletin staff, March 15, 2001, archived from the original on 2007-11-18, retrieved 2008-02-24
- Francis, Dennis; Bridgewater, Frank (April 13, 2009). "Building a better newspaper for you". Honolulu Star-Bulletin. Archived from the original on April 16, 2009. Retrieved June 24, 2020.
- "Star-Bulletin's Black will buy Advertiser". www.bizjournals.com. Retrieved 2022-07-25.
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- "Star-Bulletin owner gets green light to purchase Honolulu Advertiser" Archived 2010-05-25 at the Honolulu Advertiser (April 27, 2010)
- "Bye, Bulletin" Archived 2010-05-05 at the Honolulu Advertiser (April 29, 2010)
- "Merged Honolulu Star-Advertiser Begins June 7" from KITV.com (May 12, 2010) Archived January 21, 2012, at the
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