香港大学副校長選任騒動:学問の自由と政治的介入の対立

2015年、香港大学(HKU)を舞台に、ある人事決定を巡って激しい論争が巻き起こりました。焦点となったのは、人事・資源担当の副校長(Pro-Vice-Chancellor)へのジョナサン・チャン(Johannes Chan)教授の任命拒否です。この出来事は単なる大学内部の人事問題に留まらず、香港における学問の自由への侵害や、外部からの政治的介入を象徴する事件として国際的な注目を集めました。

The University of Hong Kong

Key Facts

  • 選考委員会の決定:ピーター・マシソン学長率いる委員会が、チャン教授を全会一致で推薦した。
  • 運営委員会の拒否:大学の最高意思決定機関である運営委員会が、過去に例のない形で推薦候補者を否決した。
  • 政治的背景:チャン教授の民主化活動への関与が、任命拒否の真の理由であると広く推測された。
  • 学内・外の反発:卒業生による圧倒的な支持票や、学生・教職員による大規模なサイレント・プロテストが発生した。
  • 論点となった資格:博士号(PhD)の有無が拒否理由の一つとして挙げられたが、法学界の慣習として不適切であるとの批判が相次いだ。

騒動の経緯と選考プロセス

香港大学は2014年半ばから、5名の副校長を公募する世界的な選考を開始しました。そのうち「人事および資源」を担当するポストは5年間空席となっており、選考委員会は法学部長を長年務めた憲法および人権法の権威であるジョナサン・チャン教授を全会一致で推薦しました。チャン教授は香港法曹協会の名誉シニアカウンセルであり、その学術的功績と人権への貢献は高く評価されていました。

Johannes Chan, whose rejection by the university's governing council sparked the controversy

しかし、この推薦が運営委員会に届く前に、親中派メディアがチャン教授の研究実績を攻撃する記事を掲載しました。漏洩した報告書を引用し、「政治活動に没頭して研究を疎かにした」と主張し、世論を誘導する動きが見られました。

運営委員会の構成と不透明な決定

論争の核心となったのは、任命権を持つ運営委員会の構成です。委員の多くは学生や教職員ではなく、香港行政長官によって直接任命された人物や外部有識者で占められていました。この構造が、大学の自治よりも政治的な意向が優先される土壌を作ったと指摘されています。

香港大学運営委員会の構成(騒動当時の主要枠組み)
委員区分 選出・任命方法 主な特徴
外部委員(6名) 総長(Chancellor)による任命 政界・財界の有力者が多く、親中派の傾向が強い
外部委員(6名) 運営委員会による任命 専門家や元大学幹部などが含まれる
外部委員(2名) 大学評議会(Court)による選出 ジャーナリストなどの外部有識者
内部委員(4名) 教職員による選出 大学の教授陣
内部委員(2名) 学生による選出 学部生および大学院生の代表

2015年9月29日、運営委員会は秘密投票を行い、12対8でチャン教授の任命を否決しました。会議では情報漏洩を防ぐために携帯電話が没収されるという異例の措置が取られ、決定の具体的な理由も公表されませんでした。この不透明なプロセスが、さらなる不信感を招く結果となりました。

激化する抗議活動と「博士号」論争

この決定に対し、大学コミュニティは激しく反発しました。9月1日には、16万人以上の卒業生と教職員で構成されるコンボケーション(卒業生会)が臨時総会を開き、約7,800票という圧倒的多数がチャン教授の任命を支持しました。また、10月6日には約2,000人の学生と教職員が黒い服を身にまとい、大学の自治を守るための「サイレント・プロテスト(沈黙の行進)」を行いました。

Students and faculty convene at Sun Yat-sen Place on the evening of 9 October

一方で、運営委員会側が拒否の理由として挙げたとされるのが、チャン教授が博士号(PhD)を保持していない点でした。しかし、これに対して多くの法学者が反論しました。香港や世界のトップレベルの法学部長において、博士号を持たないことは珍しくなく、法曹界においてPhDは必須の資格ではないため、この理由を挙げるのは「偽善的」であり「的外れ」であると批判されました。

Frequently Asked Questions

なぜジョナサン・チャン教授の任命が拒否されたと考えられていますか?

公式な理由は明確にされませんでしたが、彼が民主化派の人物と親しく、香港の政治改革に批判的な立場を取っていたため、政治的な報復として拒否されたという見方が支配的です。

運営委員会の構成にはどのような問題がありましたか?

委員の過半数が大学外部の人物であり、その多くが政府(行政長官)によって任命されていたため、大学の自律的な運営よりも政治的意向が反映されやすい構造になっていたことが問題視されました。

博士号がないことは、副校長の資格として問題だったのでしょうか?

法学の分野では実務経験や学術的貢献が重視され、必ずしも博士号が必要とされるわけではありません。多くの著名な法学部長が博士号を持たずに就任しており、この点を理由にした拒否は不適切であると多くの学者が指摘しました。

この騒動は香港大学にどのような影響を与えましたか?

学問の自由への侵害として国際的な非難を浴び、香港の大学としての学術的評判を損なう結果となりました。また、学生や教職員の間で大学運営への不信感が強まりました。

最終的に副校長のポストはどうなったのでしょうか?

2016年1月にテリー・オー(Terry Au)教授が代行に就任し、同年5月に正式に副校長として任命されました。