20世紀の音楽史において、既存の概念を根底から覆した人物がいます。フランス出身で後にアメリカで活動した作曲家、エドガー・ヴァレーズです。彼は音楽を単なるメロディやハーモニーの組み合わせではなく、「組織化された音(organized sound)」として定義しました。音を「生きている物質」として捉え、空間的に配置するという彼の革新的なアプローチは、後の電子音楽や現代音楽に計り知れない影響を与えています。
Key Facts
- 音楽哲学: 音楽を「組織化されたノイズ」と定義し、音色とリズムを重視した。
- 先駆的業績: 電子メディアの可能性をいち早く見抜き、「電子音楽の父」と称される。
- 代表的概念: 音を塊として捉える「音響質量(sound-masses)」という考え方を提唱。
- 主要作品: 打楽器アンサンブルの先駆けとなった『イオニゼーション』や、空間音響を追求した『ポエム・エレクトロニク』など。
- 後世への影響: フランク・ザッパなどのポピュラー音楽家を含む、幅広いジャンルのアーティストに影響を与えた。
音楽的ビジョンと哲学
ヴァレーズは、音楽における「新しさ」がしばしば「ノイズ」として拒絶される現状に疑問を投げかけました。彼にとって音楽とは、境界のない開かれた空間における音の配置であり、その構成を自然界の結晶化現象になぞらえて説明しています。この「音響質量」という概念は、伝統的な旋律中心の音楽から脱却し、音そのものの質感やエネルギーを追求するものでした。
また、彼はテクノロジーが音楽を劇的に変えると予見していました。1930年代には、作曲家がスコアを入力すれば即座に演奏される機械の存在を予測し、将来の楽譜は地震計のような形式(seismographic)になると主張していました。この先見性は、後のテープ音楽やシンセサイザーの登場によって現実のものとなりました。
波乱に満ちた生涯とキャリア
1883年にパリで生まれたヴァレーズは、幼少期にイタリアのトリノへ移住しました。そこで音楽の基礎を学びましたが、エンジニアであった父は彼の音楽への情熱を認めず、工学への専念を強いたため、激しい葛藤を抱えて過ごしました。1903年にパリへ戻った彼は、スコラ・カントルムやパリ音楽院で学び、次第に独自のスタイルを模索し始めます。

第一次世界大戦後、1915年に渡米したヴァレーズは、ここを拠点に本格的な活動を展開します。しかし、ヨーロッパ時代の作品の多くはベルリンの倉庫火災で失われてしまい、アメリカでは事実上のゼロからのスタートとなりました。1921年には、新時代の音楽を世に送り出すため、カルロス・サルセドと共に「国際作曲家ギルド(ICG)」を設立し、前衛的な作品の上演を推進しました。
新楽器への挑戦と空間への意識
ヴァレーズは常に新しい音色を追い求めました。1930年頃に作曲された『イオニゼーション』は、打楽器アンサンブルのための先駆的な作品として知られています。また、テルミンやオンド・マルトノといった初期の電子楽器を積極的に取り入れ、音を空間的に移動させる演出を追求しました。

彼の空間に対する意識は、ある時ベートーヴェンの交響曲第7番を聴いた際の体験に基づいています。ホールの共鳴によって音が空間に飛び散るように感じたこの経験が、「空間に浮かぶ音のオブジェクト」という彼の終生のテーマとなりました。
晩年の到達点と国際的評価
1950年代に入ると、ピエール・ブーレーズら次世代の作曲家たちと交流し、テープを用いた電子音楽の制作に没頭します。その集大成の一つが、1958年のブリュッセル万博で披露された『ポエム・エレクトロニク』です。ル・コルビュジエが設計したフィリップス・パビリオンにおいて、400個のスピーカーを用いて音が空間を駆け巡るインスタレーションを実現し、約200万人の観客に衝撃を与えました。

彼の作品数は、現存するものだけで合計3時間程度と極めて少ないものの、その密度と革新性は、クラシックのみならずポピュラー音楽の世界にも浸透しました。特にギタリストのフランク・ザッパは、ヴァレーズを「青春のアイドル」と呼び、深い心酔を示したことで有名です。

主要作品まとめ
| 作品名 | 作曲年 | 特徴・編成 |
|---|---|---|
| Amériques | 1918–1921 | 大編成オーケストラのための作品 |
| Ionisation | 1929–1931 | 13人の打楽器奏者による先駆的作品 |
| Density 21.5 | 1936 | ソロフルートのための名曲 |
| Ecuatorial | 1932–1934 | テルミン(後にオンド・マルトノ)を含む編成 |
| Déserts | 1950–1954 | 管楽器、打楽器と電子テープの融合 |
| Poème électronique | 1957–1958 | 空間音響を追求した電子テープ作品 |
Frequently Asked Questions
ヴァレーズが提唱した「組織化された音」とは具体的にどういう意味ですか?
伝統的な音楽がメロディや和音のルールに従うのに対し、あらゆる音(ノイズを含む)を素材として扱い、それをリズムや音色、空間的な配置によって構成することを指します。彼は音楽を「音の彫刻」のように捉えていました。
なぜ彼は「電子音楽の父」と呼ばれているのですか?
電子楽器(テルミンなど)の導入をいち早く試みただけでなく、録音テープを用いた音響合成や、スピーカーを多数配置して音を空間的に制御する手法を確立し、現代の電子音楽の基礎を築いたためです。
『イオニゼーション』が音楽史において重要なのはなぜですか?
旋律楽器を一切使わず、打楽器のみで構成された最初期の重要な作品だからです。これにより、音楽における「音色」と「リズム」の重要性が再認識されました。
フランク・ザッパなどのポピュラー音楽家にどのような影響を与えましたか?
既存の音楽形式に縛られない自由な音の構成や、実験的なアプローチ、そしてテクノロジーを駆使して音を構築する姿勢が、前衛的なロックや現代的な作曲技法に大きなインスピレーションを与えました。
彼の作品数が少ないのはなぜですか?
完璧主義的な傾向があったことに加え、ヨーロッパ時代の多くのスコアが火災で失われたこと、また、当時の技術では実現不可能な壮大な構想(世界規模のラジオ放送による合唱交響曲など)を追い求めていたため、完成に至らなかったプロジェクトが多かったためです。
References
- , p. xi
- "Edgard Varèse" (biography, works, resources) (in French and English). .
- , Musipoesc: Writings About Music, Paris: Éditions Michel de Maule, 2015, pp. 334-6347
- Goldman, Richard Franko. 1961. "Varèse: Ionisation; Density 21.5; Intégrales; Octandre; Hyperprism; Poème Electronique. Instrumentalists, cond. Robert Craft. Columbia MS 6146 (stereo)" (in Reviews of Records). 47, no. 1. (January): 133–134.
- (Autumn–Winter 1966a). "Open Rather Than Bounded". . 5 (1): 1–6. :10.2307/832383. 832383.
- (April 1966b). "Varèse: A Sketch of the Man and His Music". . 52 (2): 151–170. 741034.
- , p. 11–19.
- Carpentier, Alejo (1991). Concierto barroco. Paris: Gallimard. p. 8. .
- Woodstra, Chris; Brennan, Gerald; Schrott, Allen, eds. (2005). All Music Guide to Classical Music: The Definitive Guide to Classical Music. San Francisco: Backbeat Books. . 61295944.[]
- "Edgard Varese | American composer". Encyclopædia Britannica. Archived from the original on November 16, 2016. Retrieved November 16, 2016.
📸 フォトギャラリー



