現代の映画やドラマで当たり前のように使われている「特殊メイク」の基礎を築いた人物に、ディック・スミスがいます。独学で技術を習得した彼は、当時の閉鎖的な業界環境にありながら、独創的なアプローチで視覚効果に革命をもたらしました。本記事では、彼がテレビ業界でどのようにして新たな表現手法を確立したのか、その足跡を辿ります。
Key Facts
- 独学の先駆者:映画業界での挫折を経て、新興メディアであったテレビの世界で才能を開花させた。
- WNBCの初代メイクディレクター:ニューヨークのWNBCに14年間勤務し、多くの作品に携わった。
- 分割式プロステティクスの開発:顔全体を覆う一体型ではなく、3つのパーツに分けたフォームラテックス製マスクを考案。
- 表現力の向上:分割式の手法により、俳優がメイクをしたままでも豊かな表情を作ることが可能になった。
- 業界標準の確立:彼が発明した手法は、後の特殊メイクのスタンダードとして世界的に普及した。
特殊メイクの概念を変えた技術的ブレイクスルー
ディック・スミスが最も大きく貢献したのは、プロステティクス(人工的な皮膚やパーツを貼り付ける特殊メイク)の進化です。当時の業界では、顔のマスクは一つの大きな塊として作られるのが一般的でしたが、スミスはこれを3つのフォームラテックス(気泡を含む柔軟な合成ゴム)パーツに分割して作成するという画期的な手法を導入しました。
この手法の最大の利点は、俳優の顔の筋肉の動きを妨げないことにありました。これにより、激しい感情表現や繊細な表情の変化が画面に伝わるようになり、メイクが単なる「外見の変更」ではなく「演技の補助」へと昇華したのです。当初は同業者から批判もありましたが、結果としてその有用性が証明され、弟子であるリック・ベイカーによれば、現在の特殊メイクの標準的な手法はスミスによって生み出されたものです。
テレビ業界での主要な実績と代表作
スミスはニューヨークのWNBCで、プロデューサーのデヴィッド・サスキンドらと共に数多くの挑戦的な作品を手掛けました。彼の技術が光った代表的な事例をいくつか挙げます。
名優ローレンス・オリヴィエへのアプローチ
1959年の『月と6ペンス』のテレビ版では、ハンセン病患者への変身を任されました。完成したメイクを見たオリヴィエが「これで演技が勝手に進んでくれる(メイクが演技を助けてくれる)」と絶賛したエピソードは、スミスの記憶に深く刻まれています。
超自然的な世界観の構築
サスキンドが制作しロアルド・ダールがホストを務めた『Way Out』(1961年)では、全14エピソードすべてに携わりました。特に、写真修正液によって顔の半分が消えてしまう男性や、外せないメイクによってキャラクターと同化してしまうノートルダムのせむし男など、衝撃的な視覚演出を実現しました。
『ダーク・シャドウズ』での挑戦
1967年のソープオペラ『ダーク・シャドウズ』では、吸血鬼バーナバス・コリンズが急激に老化し、175歳以上の外見になるという難しい役作りを担当しました。この経験が、後の映画『リトル・ビッグ・マン』でのメイクアップへの重要な準備となったとスミスは振り返っています。
知識の共有と後世への影響
当時のニューヨークやハリウッドのメイクアップ業界は非常に閉鎖的で、技術の共有を嫌う傾向にありました。しかし、スミスは自らの知見を広めることに意欲的であり、1965年には『Dick Smith's Do-It-Yourself Monster Make-up Handbook』という指導書を出版しました。これはフォレスト・J・アッカーマンの雑誌シリーズの特別版として出されたもので、多くの志望者に影響を与えました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 主な活動拠点 | ニューヨーク(WNBC、ラーチモントの自宅地下室) |
| 革新的な技術 | 3分割式フォームラテックス・プロステティクス |
| 代表的なテレビ作品 | 『月と6ペンス』、『Way Out』、『ダーク・シャドウズ』 |
| 出版物 | Do-It-Yourself Monster Make-up Handbook (1965) |
Frequently Asked Questions
ディック・スミスはどこでメイクを学びましたか?
彼はどこかの学校で学んだわけではなく、完全に独学で技術を習得しました。当初は映画業界に作品を送りましたが拒絶され、父親の勧めで当時新興メディアだったテレビ業界へ転向しました。
スミスが開発した「分割式マスク」のメリットは何でしたか?
従来の一体型マスクとは異なり、顔を3つのパーツに分けることで、俳優が本来持っている豊かな表情をそのままに、キャラクターの外見を劇的に変えることが可能になりました。
『Way Out』という番組ではどのようなメイクを担当しましたか?
全14エピソードすべてに参加し、写真修正液で顔が消える演出や、外れなくなったメイクによって人生が変わる人物など、超自然的な設定に基づいた特殊メイクを提供しました。
当時のメイクアップ業界はどのような雰囲気でしたか?
非常に秘密主義的な傾向があり、ニューヨークとハリウッドの間でも情報の交流はほとんどありませんでした。また、組合(ユニオン)が技術の共有を妨げる傾向にあったため、スミスの独創的なアプローチは当初、周囲から批判を受けることもありました。
『ダーク・シャドウズ』での仕事は後のキャリアにどう影響しましたか?
吸血鬼が急激に老化するという複雑なメイクアップ・アプライアンス(装着パーツ)を設計した経験が、その後の映画『リトル・ビッグ・マン』での制作における貴重な準備期間となったと本人が述べています。