社会的な不平等に直面したとき、それを個人の悩みで終わらせず、法的な権利へと昇華させた人物がいます。デクロウは、出版業界での賃金格差という個人的な体験をきっかけに、アメリカにおける女性の地位向上と権利獲得のために人生を捧げました。彼女の活動は、単なる抗議にとどまらず、法廷での闘いや組織運営を通じて、現代の女性が享受している多くの権利の礎を築きました。

Key Facts

  • NOWのリーダーシップ:全米女性組織(NOW)のシラキュース支部創設に携わり、後に全国会長を務めた。
  • 歴史的な挑戦:ニューヨーク州初の女性市長候補として出馬し、公共施設での差別を禁じる判例を確立させた。
  • 法曹としての先駆:シラキュース大学法科大学院の卒業生で、当時のクラスで唯一の女性であった。
  • 広範な権利擁護:スポーツにおける機会均等(タイトルIX)や、宇宙飛行士への女性採用、家庭内暴力への対策を推進した。

差別への抵抗から始まった活動

デクロウが社会活動に身を投じたのは1967年のことでした。勤務先の出版社で、女性社員が男性よりも低い賃金で働かされている実態に気づいた彼女は、全米女性組織(NOW:National Organization for Women)への加入を決意します。その後、シラキュース支部の共同創設者となり、1968年にはその会長に就任しました。

彼女の挑戦心は政治の世界にも及び、1969年にはシラキュース市長選挙に出馬。これはニューヨーク州の歴史において、女性が市長候補として立候補した初の事例となりました。

また、同じ1969年には、男性専用だった「マクソーリーズ・オールド・エールハウス」での入店拒否に対し、フェイス・サイデンバーグと共に訴訟を起こしました。1970年6月26日のニューヨーク・タイムズ紙の一面を飾ったこの判決は、公共の場における差別が合衆国憲法の平等保護条項(人種や性別に関わらず法の下に平等に扱われる権利)に違反していることを明確に認めさせた重要な転換点となりました。

法的な専門性の獲得と権利へのアプローチ

活動をより体系的に進めるため、デクロウは法学の道を志しました。1972年にシラキュース大学法科大学院を卒業し、法務博士(Juris Doctor)を取得しましたが、当時のクラスに女性は彼女一人だけという極めて困難な環境でした。

法曹としてのキャリアを歩みながら、彼女はリプロダクティブ・フリーダム(生殖に関する自由)の追求にも尽力しました。1972年には雑誌『Ms.』のキャンペーンに参加し、中絶を制限する時代遅れの法律の撤廃を訴え、女性たちが自らの体験を共有することで社会を変えるよう促しました。

一方で、彼女の法的な視点は個人の自律性を重視するものでした。1981年、元ニューヨーク市警刑事フランク・セルピコが、相手側の欺瞞を理由に養育費支払命令の取り消しを求めた訴訟で弁護人を務めた際、一部から批判を受けました。しかし彼女は、「自立した女性が自らの人生について独立した決定を下したのであれば、男性にその選択の費用を負担させるべきではない」と主張し、女性の自律と責任のあり方を問い直しました。

NOW全国会長としての功績と影響

1974年から1977年にかけて、デクロウはNOWの全国会長という重責を担いました。この期間、彼女は多方面にわたる権利拡大キャンペーンを主導しました。

  • 教育とスポーツ:大学スポーツが「タイトルIX」(教育プログラムにおける性差別を禁止する連邦法)の適用範囲に含まれるよう働きかけました。
  • 専門職への道:NASAに対し、女性を宇宙飛行士として採用するよう圧力をかけました。
  • 組織基盤の強化:ワシントンD.C.に新たなアクションセンターを開設し、家庭内暴力や虐待を受けた女性のための全国タスクフォースを設立しました。
  • 思想的な闘争:平等権修正案(ERA)を巡り、反フェミニストのフィリス・シュラフリーと80回以上の公開討論を行い、社会的な議論を深めました。

その後、1978年には女性プレス自由研究所(Women's Institute for Freedom of the Press)の準会員となり、1985年にはアメリカ自由人権協会(ACLU)からその功績を称えられました。

デクロウの主な活動と成果まとめ
分野 主な取り組み・出来事 成果・意義
政治・社会 シラキュース市長選への出馬 NY州初の女性市長候補となる
司法 マクソーリーズ店への訴訟 公共施設での差別を禁じる判例を確立
教育・雇用 タイトルIXの適用拡大・NASAへの働きかけ スポーツや宇宙開発分野での女性の機会拡大
組織運営 NOW全国会長(1974-1977) 家庭内暴力対策タスクフォースの設立など

Frequently Asked Questions

デクロウが社会活動を始めたきっかけは何ですか?

出版社で働いていた際、女性同僚たちが男性よりも低い賃金で雇用されているという不平等な実態に直面したことがきっかけとなり、1967年にNOWへ加入しました。

マクソーリーズ・オールド・エールハウスの訴訟がなぜ重要だったのですか?

この訴訟により、飲食店のような公共の場所で女性を排除することが、合衆国憲法の「平等保護条項」に違反するという法的根拠が示されたためです。

タイトルIX(Title IX)とはどのような法律ですか?

連邦資金を受ける教育プログラムや活動において、性別による差別を禁止する法律です。デクロウはこれが大学スポーツにも適用されるよう尽力しました。

法曹としての活動で物議を醸したエピソードはありますか?

フランク・セルピコの養育費取り消し訴訟で弁護人を務めた際、女性の自律性を強調する主張を展開したことで、一部から批判を受けました。

NOW全国会長時代に特に注力したことは何ですか?

宇宙飛行士への女性採用の推進や、家庭内暴力被害者のためのタスクフォース設立、そして平等権修正案を巡る大規模な公開討論など、多岐にわたる権利擁護活動を主導しました。