洗練された物腰と端正なルックスで、クラシック映画の黄金時代を彩ったデイヴィッド・ニヴェン。彼は単なるスクリーン上の「デボネア(洗練された紳士)」ではなく、実戦を経験した軍人であり、鋭い知性を持つ作家でもありました。アカデミー賞主演男優賞に輝いたそのキャリアは、波乱万丈でありながら、常に気品に満ちていました。
Key Facts
- 最高栄誉:『Separate Tables』でアカデミー賞主演男優賞を受賞。
- 特筆すべき記録:同賞の受賞演技として、史上最短の出演時間(23分39秒)を記録。
- 軍歴:第二次世界大戦に従軍し、中佐まで昇進。ノルマンディー上陸作戦にも参加。
- 多才な活動:俳優業の傍ら、回想録や小説を執筆した作家としての顔も持つ。
- 唯一の快挙:自身が司会を務めたアカデミー賞授賞式で、同時に受賞を果たした唯一の人物。
早年の生活と軍への道
1910年、ロンドンの上流中産階級に生まれたジェームズ・デイヴィッド・グラハム・ニヴェンは、ヘザダウン予備校とストー校を経て、サンドハースト王立陸軍士官学校へ進学しました。卒業後はハイランド軽歩兵連隊の少尉に任命されますが、平時の軍生活に退屈を感じた彼は、次第に演劇の世界に惹かれていきました。
1932年に映画のエキストラとして活動を始めた彼は、1933年に軍を辞してニューヨーク、そしてハリウッドへと渡ります。当初は就労ビザの取得に苦労し、メキシコで猟師の銃の手入れをするなどの苦労もありましたが、やがてその端正な容姿が認められ、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)などの大手スタジオでキャリアをスタートさせました。
映画界での飛躍と戦時中の献身
1930年代後半になると、ニヴェンは端役から脱却し、『嵐が丘』などの大作で主役級の扱いを受けるようになります。しかし、1939年に第二次世界大戦が勃発すると、彼は俳優としての成功を一時中断し、祖国イギリスへ戻って軍に再入隊しました。
彼はライフル旅団に配属された後、より過酷な任務を求めてコマンド(特種部隊)へ転属。秘密偵察・通信部隊「ファントム」の指揮官として、敵陣の特定や戦況の報告という極めて重要な任務に就きました。1944年のノルマンディー上陸作戦にも参加し、最終的に中佐の階級にまで昇進しています。



戦後の苦境と劇的な復活
終戦後、ニヴェンは再びスクリーンに戻りますが、私生活での悲劇や作品の不振が重なり、一時はキャリアの衰退期を迎えました。しかし、1950年代に入ると再び輝きを取り戻します。特に1958年の映画『Separate Tables』での演技は高く評価され、アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
その後も『ピンクパンサー』のチャールズ・リットン卿役や、『カジノ・ロワイヤル』のジェームズ・ボンド役など、個性的かつ気品ある役どころで世界的な名声を確立しました。また、その卓越した話術から、数々の授賞式の司会者としても愛されました。







私生活と晩年
1948年、ニヴェンはスウェーデンのファッションモデルであったイョルディス・ゲンベルグと結婚しました。後にスイスのシャトー・ド・エクスに別荘を構え、ノエル・カワードやピーター・ウスティノフといった著名な友人たちと共に静かな時間を過ごしました。税制上の理由から英国を離れたため、英国政府からの勲章を授与されなかったとも言われています。
1980年、彼は筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されました。次第に身体機能が低下し、話し方も不明瞭になりましたが、最後まで気品を失うことはありませんでした。1983年7月29日、最愛の家族に見守られながら、スイスの自宅にて73歳で静かに息を引き取りました。


デイヴィッド・ニヴェンの経歴まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生没年 | 1910年3月1日 - 1983年7月29日 |
| 主な職業 | 俳優、軍人、作家(回想録・小説) |
| 軍歴 | 英国陸軍(最終階級:中佐) |
| 主要受賞歴 | アカデミー賞主演男優賞、ゴールデングローブ賞(2回) |
| 代表作 | 『Separate Tables』『ピンクパンサー』『アラビアのロレンス』等 |
Frequently Asked Questions
デイヴィッド・ニヴェンがアカデミー賞で記録した「最短時間」とは何ですか?
1958年の映画『Separate Tables』において、彼の出演時間はわずか23分39秒でしたが、その圧倒的な演技力が評価され、主演男優賞を受賞しました。これは同部門における史上最短の受賞演技記録となっています。
彼は俳優以外にどのような活動をしていましたか?
彼は優れた文筆家でもあり、『The Moon's a Balloon』などの回想録や小説を執筆しました。また、軍人としても非常に有能で、第二次世界大戦では秘密偵察部隊の指揮を執るなど、実戦での功績を残しています。
なぜ彼は英国の勲章を授与されなかったと言われているのですか?
晩年、彼は税金対策のためにスイスへ移住し、「タックス・エグザイル(脱税目的の国外居住者)」となったため、それが英国政府による栄誉ある勲章の授与に影響したのではないかと考えられています。
彼が演じた有名なキャラクターにはどのようなものがありますか?
コメディ映画『ピンクパンサー』シリーズのチャールズ・リットン卿や、映画『カジノ・ロワイヤル』でのジェームズ・ボンド役などが有名です。常に洗練された紳士的なキャラクターを演じることが多く、それが彼の代名詞となりました。
References
- "Niven, (James) David Graham (1910–1983), actor and author". (online ed.). Oxford University Press. 2004. :10.1093/ref:odnb/31503. Retrieved 8 April 2008. (Subscription, Wikipedia Library access or UK public library membership required.)
- "Obituaries". . 30 July 1983.
- Morley, Sheridan (1997). David Niven, Brief Lives. Oxford: . p. 413. .
- (1985). The Other Side of the Moon. London: Weidenfeld and Nicolson. .
- "Casualty details—Niven, William Edward Graham". . Retrieved 4 September 2009.
- "Marriages". The Times. 26 October 1888.
- "Notices". The Times. 18 February 1874. p. 1.
- "Henry James Degacher CB". www.britishempire.co.uk. Retrieved 14 August 2020.
- "1917 – David Niven's mother marries Thomas Comyn Platt". hjordisniven.com. 17 December 2017. Retrieved 19 June 2021.
- "David Niven's idyllic childhood home comes up for sale: 'I adored it and was happier there than I had ever been'". . 23 January 2020.
Part of the reason that the young Niven enjoyed his school holidays in Bembridge so much is that his mother saw very clearly that her two teenage sons needed space and freedom to let their hair down — so much so, in fact, that she built an extension to the rear of the house which was quickly dubbed the 'Sin Wing'. [When] David and his brother used to come in rather noisily at night [...] his mother got a bit cross so she built two bedrooms and a bathroom at the back.
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