チリの年金制度(Sistema Previsional)は、老齢、障害、および遺族に対する保障を提供することを目的としています。この制度は、世界的に見ても極めて大胆な構造改革を行ったことで知られており、公的な「賦課方式」から民間主導の「完全積立方式」へと移行した歴史を持ちます。この転換は、社会保障のあり方に関する世界的な議論を巻き起こし、多くの国々がその経過を注視してきました。
主要な事実(Key Facts)
- 1980年の大転換: アウグスト・ピノチェト政権下で、賦課方式から民間基金による積立方式へ移行。
- AFPの導入: 年金基金管理会社(AFP)が個人の口座を運用する仕組みを構築。
- 軍の特例: 軍関係者は新制度から除外され、依然として手厚い賦課方式の恩恵を受けている。
- 2008年の再改革: バチェレ政権により、低所得者への保障を強化する「連帯年金制度(SPS)」が導入。
- 政府の役割: 基金の監督(年金監督庁)および、最低年金などの最低限の保障を担う。
制度の原点と1980年の構造改革
チリでは1920年代に、現役世代が受給世代を支える賦課方式(PAYGO)の社会保障制度が導入されました。しかし、1973年までにこの制度は深刻な資金不足に陥りました。その主な要因は、個人の拠出額と将来受け取る年金額に相関性が低かったため、多くの労働者が最低限の拠出に留めたり、支払いを回避したりしたことにありました。

この状況を打破するため、1980年11月4日、当時の労働年金大臣ホセ・ピニェラと、経済学者集団「シカゴボーイズ」の主導により、制度の完全な民営化が断行されました。ミルトン・フリードマンの自由主義的な思想に影響を受けたこの改革により、AFP(Administradoras de Fondos de Pensiones)と呼ばれる民間年金基金管理会社が設立され、個人の拠出金を運用して年金を積み立てる方式へと切り替わりました。

移行期の仕組みと格差
新制度への移行に際し、労働者は旧制度への継続か新制度への加入かを選択できましたが、新制度の法定最低拠出率が旧制度より11%低く設定されていたため、大多数の労働者がAFPへの移行を選択しました。一方で、この改革を主導した軍関係者は新制度から除外され、独自の賦課方式(Caja de Previsión de la Defensa Nacional)を維持しました。その結果、軍人の年金は一般市民よりも大幅に高く、現役時代の収入に近い水準が維持されるという構造的な格差が生じました。
制度の運用と経済的影響
チリの労働者は、月収の10%(上限あり)を強制的に年金基金に拠出します。加入者は6つのAFPから1社を選択でき、リスク許容度に応じて5つの運用ファンド(AからEまで)から選択することが可能です。これらの拠出金は所得税の控除対象となります。
政府は「年金監督庁(Superintendencia de Pensiones)」を通じて、基金の準備金や投資対象を厳格に規制しています。また、20年以上の拠出がある者への最低年金保証や、基金が破綻した際の公的補填など、セーフティネットとしての役割も担っています。
| 年 | 年間拠出額 (%) | 年金給付額 (%) | 累積資本 (%) |
|---|---|---|---|
| 2002 | 3.57 | 1.95 | 55.07 |
| 2004 | 3.48 | 1.78 | 59.08 |
| 2006 | 3.32 | 0.90 | 61.01 |
| 2008 | 3.49 | 1.92 | 52.77 |
しかし、賦課方式から積立方式への移行に伴い、旧制度の受給者を支えるための「移行コスト」が発生しました。このコストは2045年まで続き、政府予算にとって大きな負担となっています。
直面した課題と2008年の再改革
民営化された制度は、資本蓄積という点では成果を上げたものの、実態としては多くの課題を抱えていました。特に低所得者や雇用が不安定な労働者は、十分な積立額を確保できず、老後に十分な年金を得られないリスクにさらされていました。また、AFPが徴収する管理コストが、低所得者の資産形成を妨げているという指摘もありました。

2006年の大統領選の際、セバスティアン・ピニェラ氏は、国民の半数が年金保障を受けておらず、受給者の多くが最低水準に届かない現状を深く憂慮し、抜本的な改革の必要性を訴えました。

これを受け、ミシェル・バチェレ政権下で2008年に再改革が実施されました。世界銀行の勧告に基づき、従来の最低年金や社会扶助(PASIS)を廃止し、付加価値税(VAT)を財源とする連帯年金制度(SPS)を導入しました。これにより、65歳以上の一定条件を満たす市民に対し、公的な年金支給が行われる仕組みへと改善されました。あわせて、投資枠の拡大や自営業者の制度組み込みも進められました。
よくある質問(FAQ)
賦課方式と積立方式の決定的な違いは何ですか?
賦課方式は、現在の現役世代が支払う保険料をそのまま現在の受給世代の年金に充てる仕組みです。一方、積立方式は、個人が自分の将来のために資金を積み立て、それを運用して得られた元本と利息を年金として受け取る仕組みです。
AFPとはどのような組織ですか?
AFP(Administradoras de Fondos de Pensiones)は、チリの年金積立金を管理・運用する民間の年金基金管理会社のことです。加入者は複数の会社から選択でき、運用リスクに応じたファンドを選ぶことができます。
なぜ軍人の年金だけが特別なのですか?
1980年の改革時、制度を導入した軍関係者が自らを新制度(積立方式)から除外したためです。彼らは依然として公費で賄われる手厚い賦課方式の恩恵を受けており、一般市民との間に大きな格差が存在しています。
2008年の改革で何が変わりましたか?
主に低所得者への保障が強化されました。個人の積立額に関わらず、一定の条件を満たす高齢者に税金を財源とした「連帯年金(SPS)」が支給されるようになり、社会的なセーフティネットが拡充されました。
チリの年金制度は成功したと言えますか?
評価は分かれています。資本市場の発展や個人の資産蓄積という点では成果がありましたが、低所得層の年金額が不十分であることや、管理コストの高さ、制度への不信感から拠出を回避する人が多いことなど、多くの社会的な課題を残しています。
References
- Joaquin Vial Ruiz-Tagle, Francisca Castro, The Chilean Pension System, Ageing Working Papers, 1998, Seite 6
- Joaquin Vial Ruiz-Tagle, Francisca Castro, The Chilean Pension System, Ageing Working Papers, 1998, page 6
- Kristian Niemitz, Die kapitalgedeckte Altersvorsorge am Beispiel Chile, DiplomicaVerlag GmbH, Hamburg, 2008, , page 32 (in German)
- Urquieta, Claudia (August 1, 2013), "Cómo las Fuerzas Armadas quedaron fuera del sistema de AFP que entrega pensiones miserables",
- "El exorbitante gasto fiscal por jubilaciones de FF.AA.: $3,8 billones entre 2011 y 2015 | CIPER Chile CIPER Chile » Centro de Investigación e Información Periodística". 16 January 2017. Retrieved 2017-04-06.
- : Contributions as % of GDP:
- : Benefits paid as % of GDP:
- : Assets as a Share of GDP:
- Joaquin Vial Ruiz-Tagle, Francisca Castro, The Chilean Pension System, Ageing Working Papers 1998, page 6
- Joaquin Vial Ruiz-Tagle, Francisca Castro, The Chilean Pension System, Ageing Working Papers, 1998, page 10
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