チャールズ・ロジャー・フィップス・ドッド:英国政治記録の先駆者

19世紀の英国において、政治的なデータや人物情報を体系的にまとめたリファレンス作品の礎を築いた人物が、チャールズ・ロジャー・フィップス・ドッド(Charles Roger Phipps Dod)です。彼が編纂した議会案内書は、時代を超えてその価値が認められ、現代に至るまでその系譜が受け継がれています。

主要な実績(Key Facts)

  • 不朽の著作:『Dod's Parliamentary Companion』の創始者であり、この作品は2021年時点でも出版が継続している。
  • メディア経歴:ロンドンの名門紙『The Times(タイムズ)』に23年間勤務し、議会論戦の報告や訃報記事を担当した。
  • 専門分野:議会制度、貴族名簿、および公的な優先順位や特権に関する詳細な記録を専門とした。
  • 家族の協力:息子のロバート・フィップス・ドッドと共に、大規模な名簿作成に従事した。

生涯とキャリアの軌跡

1793年5月8日、アイルランドのライトリム県ドラムリースにて、ロジャー・ドッド牧師の息子として誕生しました。当初は法曹界への道を志し、1816年にダブリンのキングズ・インズに入学しましたが、最終的に彼は執筆の道を選びました。なお、1847年までは自身の姓を「Dodd」と綴っていましたが、その後、先祖であるシュロップシャーのクローバーリーのドッド家に倣い、「Dod」へと表記を戻しています。

1818年にロンドンへ移住したドッドは、その後23年間にわたり『The Times』紙に携わりました。そこでの主な役割は、議会論戦のレポート管理や記者たちの指揮、そして依頼に基づく訃報記事の執筆でした。また、ホレス・トゥイッスが始めた議会論戦の要約編纂において、ジョン・タイアスの後任を務めたことでも知られています。

彼は1855年2月21日、サリー州ノース・ブリクストンのフォクスリー・ロードにてその生涯を閉じました。

代表的な著作と学術的貢献

ドッドの最大の功績は、政治家や貴族に関する正確な情報を集約したリファレンス本の出版にあります。特に1832年に刊行された『The Parliamentary Pocket Companion』(後に『The Parliamentary Companion』へ改称)は、制度改革後の議会情報を網羅し、毎年更新されることで絶大な信頼を得ました。

また、1841年に出版した『The Peerage, Baronetage, and Knightage of Great Britain and Ireland』は、英国およびアイルランドの貴族や騎士階級をまとめた重要な名簿となりました。この作品はドッドの死後も価値が認められ、20世紀に入っても1908年や1919年(第82版)など、継続的に改訂版が出版されました。

主な著作一覧

チャールズ・ロジャー・フィップス・ドッドの主要著作
刊行年 書名(日本語訳/概要) 特徴
1832年 議会ポケット・コンパニオン 後の『Parliamentary Companion』の原型
1841年 英国およびアイルランド貴族・準男爵・騎士名簿 20世紀まで出版が続いた代表作
1842年 品位・特権・優先順位の手引書 公的な儀礼や序列をまとめたマニュアル
1842年 年次伝記(Annual Biography) その年に没した著名人の生涯を記録
1852年 選挙事実(1832-1852) 20年間の選挙データを中立的に記述

家族構成と後継者

1814年10月24日、コーク出身のジョン・ボールドウィンの長女ジェーン・エリザと結婚し、一人の息子ロバート・フィップス・ドッドを設けました。ロバートはロンドン大学キングス・カレッジで学び、後にシュロップシャー民兵第53連隊の大尉を務めるなど軍歴を持ちましたが、同時に父の仕事も強力にサポートしました。

ロバートは1843年以降、父の代表作である議会案内書や貴族名簿の管理を引き継ぎました。また、1849年には家系図の実用的利用に関する研究書『Birth and Worth』を出版しています。ロバートは1859年にキャサリン・エマと結婚しましたが、1865年1月9日、前年12月に遭遇した狩猟事故の後遺症により、シュロップシャーのナン・イッサ・ホールで亡くなりました。

Frequently Asked Questions

ドッドが作成した『Parliamentary Companion』は現在も存在しますか?

はい。2021年時点でも『Dod's Parliamentary Companion』として出版が継続されており、非常に息の長いリファレンス作品となっています。

彼はどのような職業に従事していましたか?

主にジャーナリストおよび作家として活動しました。特に『The Times』紙での議会レポート担当としての経験が、後の名簿作成に活かされました。

名前の綴りが「Dodd」から「Dod」に変わったのはなぜですか?

1847年まで「Dodd」と綴っていましたが、その後、父や先祖であるシュロップシャーのドッド家の正しい綴りである「Dod」に戻したためです。

息子のロバート・フィップス・ドッドはどのような役割を果たしましたか?

父の著作である議会案内書や貴族名簿の編纂を助け、1843年以降はそれらの管理運営を全面的に引き継ぎました。

ドッドの著作の中で特に評価が高いものは何ですか?

『The Parliamentary Companion』と『The Peerage, Baronetage, and Knightage』の2作が、彼の名声を確立させた代表作として高く評価されています。