1960年代末に誕生し、華やかなハーモニーと親しみやすいパフォーマンスで世界を魅了したBrotherhood of Man。彼らは単なるポップグループに留まらず、ユーロビジョン・ソング・コンテストでの歴史的な勝利を通じて、イギリス音楽史にその名を刻みました。時代に合わせて姿を変えながら、半世紀以上にわたって活動を続けた彼らの波乱万丈な歩みを辿ります。
Key Facts
- 世界的な快挙:1976年のユーロビジョンで優勝し、「Save Your Kisses for Me」で世界的な大ヒットを記録。
- 驚異的な売上:「Save Your Kisses for Me」は世界で600万枚を売り上げ、ユーロビジョン優勝曲として史上最高売上を保持。
- チャートの覇者:イギリス国内で3回の全英1位シングルを獲得。
- 多様な形態:プロデューサーのトニー・ヒラーによる結成から始まり、メンバー交代を経て黄金期のクァルテットへと進化。
グループの誕生と初期の試行錯誤
Brotherhood of Manは1969年、プロデューサー兼作曲家のトニー・ヒラーによって結成されました。当初のメンバーは、ジョン・グディソン、トニー・バロウズ、ロジャー・グリーナウェイ、スー・グローバー、サニー・レスリーの5名でした。中でもバロウズは、エジソン・ライトハウスのヒット曲などで知られる熟練のセッションシンガーであり、グリーナウェイはヒット曲を量産する作曲家としての顔を持っていました。
彼らの快進撃は1970年1月のシングル「United We Stand」から始まります。この曲はイギリスのみならず、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど世界各国でトップ20入りを果たす世界的なヒットとなりました。その後、バロウズの脱退を経て4人体制となり、「Where Are You Going to My Love」などのヒットを飛ばしますが、メンバーの入れ替わりが続き、1971年にはレコード会社との契約終了に伴い、一度は解散へと追い込まれます。
黄金のラインナップとヨーロッパでの成功
グループ名を絶やしたくないと考えたヒラーは、1972年に新たなメンバーを集めました。マーティン・リー、ニッキー・スティーブンス、リー・シェリデンの3名によるセッションシンガー体制からスタートし、後にサンドラ・スティーブンスが加わったことで、お馴染みの4人体制が完成します。サンドラはビッグバンドシンガーとしての経験が豊富で、グループに新たな彩りを添えました。
1974年以降、彼らはDawnレーベルからシングルをリリースし、特にヨーロッパ市場で支持を集め始めます。1975年の「Kiss Me Kiss Your Baby」は、イギリスでは振るわなかったものの、ベルギーで1位、オランダで2位を記録するなど、欧州各地で大成功を収めました。この時期の精力的なツアー活動が、後の世界的なブレイクに向けた完璧なステージパフォーマンスとハーモニーを磨き上げる土台となりました。
ユーロビジョン制覇と世界的な頂点
1976年、彼らの運命を変えたのが「Save Your Kisses for Me」でした。イギリス国内の選出コンテスト「A Song for Europe」で優勝し、オランダで開催されたユーロビジョン・ソング・コンテストに出場。赤、白、黒を基調とした衣装と、シンプルながら印象的な振り付けで圧倒的な支持を集め、見事優勝を果たしました。
この楽曲は世界的な現象となり、イギリスでは6週連続1位を記録。最終的に世界で600万枚という驚異的なセールスを記録し、今なおユーロビジョン優勝曲の中で最も売れたシングルとして君臨しています。
絶頂期のヒット連発と時代の変化
ユーロビジョン後の彼らは、さらなる快進撃を続けます。1977年には、女性リードの現代的なポップスタイルを取り入れた「Oh Boy (The Mood I'm In)」がトップ10入りし、同年の夏にリリースされた「Angelo」では再び全英1位を獲得。この曲は1970年代のベストセラーシングル50選に入るほどの社会現象となりました。
1978年には「Figaro」で3度目の全英1位を達成し、アルバム『B for Brotherhood』やベスト盤『Twenty Greatest』もチャートを賑わせました。しかし、1979年に入ると徐々にヒット曲が出なくなり、チャートからの後退が始まります。1980年代に入っても、カバーアルバムなどで一時的な成功を収めるものの、音楽シーンの激しい変化の中で苦戦を強いられました。
1982年にはリー・シェリデンの脱退に伴い、ソングライターのバリー・アップトンが加入。EMIと契約し、現代的なイメージへの刷新を試みますが、1983年のシングル「When the Kissing Stops」を最後に、トニー・ヒラーとの12年にわたる協力関係に終止符を打ち、グループは一度解散しました。

再結成から晩年まで:ステージへの情熱
1985年に一度のテレビ出演を機に再結成した彼らは、再びライブ活動を再開します。1990年代には、マーティン・リーが作曲に携わったミュージカル『The Butterfly Children』をロンドンのウエストエンドで上演するなど、音楽的な挑戦を続けました。
2000年代に入ると、70年代の音楽を回顧するショー「The Seventies Story」を展開。ノスタルジーを誘う演出と高いパフォーマンス力で、再び多くの観客を魅了しました。また、かつてのライバルであるBucks Fizzとの合同公演も行い、満員御礼のステージを連発しました。

2006年にはユーロビジョン50周年記念ガラに出演し、歴代の楽曲の中でトップ5に選ばれるなど、その功績は時代を超えて認められました。2022年12月、彼らはツアーからの引退を正式に発表。長きにわたる活動に幕を閉じましたが、2024年9月にマーティン・リーが逝去するまで、メンバーの絆は深く保たれていました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 最大ヒット曲 | Save Your Kisses for Me (世界600万枚売上) |
| 主要受賞歴 | 1976年 ユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝 |
| 全英1位シングル | Save Your Kisses for Me, Angelo, Figaro |
| 代表的なアルバム | Twenty Greatest, B for Brotherhood |
| 活動期間 | 1969年 〜 2020年(ライブ活動終了まで) |
Frequently Asked Questions
Brotherhood of Manの最も有名な曲は何ですか?
1976年のユーロビジョンで優勝した「Save Your Kisses for Me」です。世界中で600万枚以上を売り上げ、今でもユーロビジョン史上最も成功したシングルの一つとされています。
グループのメンバーは誰でしたか?
最も成功した黄金期のラインナップは、マーティン・リー、ニッキー・スティーブンス、リー・シェリデン、サンドラ・スティーブンスの4名です。結成当初は異なるメンバーで構成されていました。
ユーロビジョン以外にどのようなヒット曲がありますか?
イギリス国内で1位を獲得した「Angelo」や「Figaro」など、キャッチーなメロディとパフォーマンスが特徴の楽曲を多くリリースしています。
彼らはいつ引退したのですか?
2022年12月24日にツアーからの引退を正式に発表しました。最後のライブパフォーマンスは2020年10月に行われました。
後年にどのような活動をしていましたか?
70年代の音楽を振り返るライブショー「The Seventies Story」の上演や、Bucks Fizzとの合同公演など、ノスタルジーをテーマにしたステージ活動を中心に展開していました。
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