Bailed Up:トム・ロバーツが描いたオーストラリアの伝説的風景画

オーストラリアの芸術史において、ある一枚の絵画が「史上最高の風景画」と称賛されたことがあります。トム・ロバーツが1895年に制作した『Bailed Up』は、人里離れた森の道で馬車が強盗に襲われるという、緊迫した瞬間を切り取った作品です。現在はシドニーのニューサウスウェールズ美術館に所蔵されており、当時の社会背景と自然の荒々しさを同時に伝える傑作として知られています。

Key Facts

  • 作品名: Bailed Up(ベイルド・アップ)
  • 作者: トム・ロバーツ(Tom Roberts)
  • 制作年: 1895年
  • 技法: キャンバスに油彩
  • サイズ: 134.5 cm × 182.8 cm
  • 現在の所蔵先: ニューサウスウェールズ美術館(シドニー)

作品の誕生:インスピレーションと緻密な準備

この作品の構想は、ロバーツが友人ダンカン・アンダーソンの所有するニューステッド羊毛ステーション(ニューサウスウェールズ州インベレル近郊)に滞在していた際に生まれました。彼はかつてこの地域で悪名を馳せた強盗、キャプテン・サンダーボルトの伝説に触発され、ブッシュレンジャー(山賊)による襲撃シーンを描くことを決意しました。

ロバーツは徹底した現場主義を貫きました。ニューステッドと隣接するパラダイス・ステーションを結ぶ道沿いで、草の木や高いユーカリの森に囲まれた平坦なカーブ地点をロケーションに選びました。彼はアンダーソン家の方の助けを借りて、道路下の斜面に生える木の上に観測プラットフォームを建設し、道路と同じ視点から風景を観察できる環境を整えたといいます。

登場人物や小道具へのこだわりも徹底しており、馬車(コブ・アンド・カンパニー社製)はインベレルで描き、モデルには地元の住民やステーションの作業員を起用しました。本制作に入る前には、構図を練るための小さなデッサンや油彩スケッチを数多く作成し、完璧なシーンを追求しました。

波乱に満ちた評価と所有の歴史

完成後、シドニーとメルボルンの展覧会に出品されましたが、当時の反応は賛否両論でした。特に人物の脚の描写や馬の皮膚の表現について、プレスから厳しい指摘を受けることもありました。その影響か、コレクターからの支持を得られず、約30年もの間、買い手がつかない状態が続きました。ロバーツは1900年に価格を275ポンドから75ギニーまで大幅に値下げしましたが、それでも売れませんでした。

転機が訪れたのは1927年です。ロバーツはこの作品を再構成(リワーク)しました。近年のX線調査により、当時のモダンアートの流行に合わせて、より平面的で抽象的なスタイルに簡略化したことが判明しています。この修正を経て、1928年にシドニーの弁護士J.W.マウンドが500ギニーで購入しました。マウンドはニューサウスウェールズ美術館の評議員でもあったため、すぐに同館へ貸与し、5年後に正式に美術館へ売却しました。

その後も波乱は続き、1956年のメルボルン・オリンピック文化プログラムの一環で輸送されていた際、トラックから落下するという事故に見舞われました。幸いにも、作品は修復され、現在の姿で保存されています。

後世への影響と文化的価値

『Bailed Up』は単なる歴史画に留まらず、後世のアーティストにも影響を与えています。2004年には、現代アーティストのベン・クイルティがこの作品を再解釈した『Gold Soil Wealth for Toil』を制作し、こちらもニューサウスウェールズ美術館に収蔵されました。

項目 詳細
制作背景 キャプテン・サンダーボルトの伝説とニューステッドの風景から着想
制作手法 現場でのプラットフォーム設置、地元住民をモデルにした写実的アプローチ
変遷 1927年にモダン様式へリワークされ、その後美術館に収蔵
エピソード 1956年に輸送中の落下事故に見舞われるも修復済み

Frequently Asked Questions

この絵画にはどのようなシーンが描かれていますか?

人里離れた森の中の道で、ブッシュレンジャー(山賊)がステージコーチ(馬車)を襲撃し、足止めしている緊迫した場面が描かれています。

作者のトム・ロバーツはどのようにしてこの絵を描きましたか?

実際にニューサウスウェールズ州の現場へ赴き、木の上に特設の足場を作って視点を確認しました。また、地元の住民や作業員をモデルに起用し、事前のスケッチを重ねて制作しました。

作品のスタイルは制作時から変わっていないのでしょうか?

いいえ。1927年にロバーツ自身によって修正が行われました。X線分析の結果、当時のモダニズムの影響を受けて、よりシンプルで抽象的な表現に変更されたことが分かっています。

この作品が美術館に収蔵されるまでにはどのような経緯がありましたか?

長らく買い手がつかず苦戦していましたが、1928年にJ.W.マウンドという弁護士が購入しました。彼は美術館の評議員であったため、貸与を経て最終的に美術館に売却されました。

作品に大きなダメージを受けた出来事はありましたか?

1956年にメルボルンの展覧会へ運搬される際、トラックから落下するという事故がありました。しかし、その後の修復作業により、現在は良好な状態で保存されています。