アヴァール宝蔵:アルバニアで発見された黄金と銀の謎

ニューヨークのメトロポリタン美術館に収蔵されているアヴァール宝蔵(別名:ヴラップ宝蔵)は、中世初期の歴史を物語る豪華な金銀製品のコレクションです。アルバニアのヴラップ村で発見されたこの宝物は、かつてユーラシアの草原地帯を駆け抜けた遊牧民族アヴァール人と、彼らと密接な関係にあったブルガール人の足跡を今に伝えています。

主要な事実(Key Facts)

  • 制作年代: 西暦600年〜700年頃
  • 材質: 金および銀
  • 現在の所蔵先: メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
  • 発見場所: アルバニア共和国 ヴラップ村
  • 構成品: 金製の杯、銀製のバケツ、飲料用皿、水差しなど

アヴァール人とその富の背景

アヴァール人は6世紀にバルカン半島へ進出したユーラシア草原地帯出身の遊牧民族です。彼らは好戦的な気質を持ち、現地の住民を征服したほか、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)とも激しく衝突しました。こうした征服活動を通じて、彼らは膨大な富を蓄積し、集落の近くに大量の宝物を埋蔵したと考えられています。

これらの宝物の起源については、専門家の間でも意見が分かれています。アヴァール人自身が高度な金属加工技術を持っていたとする説がある一方で、金製の壺や杯などの豪華な品々はビザンツ帝国で制作され、略奪や貢ぎ物としてアヴァール人の手に渡ったとする説が有力視されています。

ヴラップ宝蔵の歴史的経緯と移動

ドイツの考古学者ヨアヒム・ヴェルナーは、この宝蔵をブルガールの指導者クベル・ハンに結びつけています。クベル・ハンは670年代にパンノニアのアヴァール可汗国に対して反乱を起こし、ブルガール人やパンノニア・スラブ人、ビザンツ帝国のキリスト教徒など約7万人を率いて東ローマ帝国側へと移動しました。

ヴェルナーの説によれば、この宝物はもともとアヴァール可汗国の国庫にあったものが、クベル・ハンによって奪われ、ドナウ川の南側へと運ばれた可能性が指摘されています。その後、現在の北マケドニア共和国にあたるペラゴニア平原に定住した彼らの移動ルートの途上で、アルバニアの地に埋められたのかもしれません。

美術館への収蔵まで

20世紀初頭、アルバニアのヴラップ村で金銀のキャッシュが発見されたことで、この地は国際的な注目を集めました。その後、このコレクションは1917年にJ.P.モルガン・ジュニアによってメトロポリタン美術館に寄贈され、現在に至るまで大切に保管されています。

アヴァール宝蔵の概要まとめ
項目 詳細内容
名称 アヴァール宝蔵(ヴラップ宝蔵)
主な材質 金、銀
推定年代 6世紀〜8世紀(西暦600-700年頃)
関連民族 アヴァール人、ブルガール人
主な出土品 金杯、銀製バケツ、皿、水差し

よくある質問(Frequently Asked Questions)

アヴァール宝蔵とは何ですか?

アルバニアのヴラップ村で発見され、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている、金と銀で作られた豪華な器のコレクションです。

この宝物は誰が作ったものと考えられていますか?

アヴァール人自身の作品であるという説と、ビザンツ帝国で制作されたものが略奪や貢ぎ物として渡ったという説の2つの見解があります。

なぜアルバニアで発見されたのでしょうか?

ブルガールのクベル・ハンがアヴァール可汗国から奪った財宝を率いて、パンノニアから東ローマ帝国方面へ移動した際に運ばれたためという説が提唱されています。

どのような品物が含まれていますか?

金製の杯(カップ)が数点、銀製のバケツ、飲料用の皿、そして水差しなどが含まれています。

いつ美術館に寄贈されましたか?

1917年にJ.P.モルガン・ジュニアによってメトロポリタン美術館に寄贈されました。