クトゥルフ神話で知られる作家H.P.ラヴクラフトの作品を後世に伝えるため、情熱的な友人たちの手によって設立されたのがArkham House(アーカムハウス)です。パルプ・マガジンに埋もれていた名作をハードカバーという形に変え、幻想文学の地位を向上させたこの出版社は、ホラーやSFの歴史において極めて重要な役割を果たしました。
Key Facts
- 設立年:1939年(ウィスコンシン州ソークシティ)
- 創設者:オーガスト・ダーレス、ドナルド・ワンドレイ
- 主目的:H.P.ラヴクラフトの全作品をハードカバーで出版すること
- 主要ジャンル:ウィアード・フィクション(奇妙な物語)、ホラー、幻想文学
- 特筆すべき実績:ラヴクラフト作品の普及に加え、多くの幻想文学作家の作品を世に送り出した
設立の経緯と初期の歩み
1937年末にラヴクラフトが世を去った後、親友であったダーレスとワンドレイは、彼の優れた短編を集めた記念碑的な作品集を出版しようと試みました。しかし、当時の大手出版社はこうしたニッチなジャンルに興味を示さず、出版の道は閉ざされていました。そこで二人は、自ら出版社を立ち上げるという大胆な決断を下します。それがArkham Houseの始まりでした。

1939年に刊行された初の作品集『The Outsider and Others』は、予約価格3.50ドルという低価格設定にもかかわらず、わずか150部の予約しか集まりませんでした。しかし、1943年の『Beyond the Wall of Sleep』の刊行を経て、徐々にその価値が認められるようになります。1944年までには、クラーク・アシュトン・スミスやヘンリー・S・ホワイトヘッドらの作品も手がけ、小規模ながらも成功した出版社としての地位を確立しました。

出版範囲の拡大と経営の危機
1945年以降、ダーレスは出版の幅を広げ、エヴァンジェリン・ウォルトンの『Witch House』や、ラヴクラフトの構想に基づいた自著『The Lurker at the Threshold』などの長編小説を刊行しました。また、J.シェリダン・レ・ファニューなどの古典的な幻想文学作家の作品集も手がけ、ジャンルの多様性を追求しました。特にA.E.ヴァン・ヴォクトのSF小説『Slan』は4,000部を超える刷り数を記録し、1940年代で最大のヒット作となりました。
しかし、順調に見えた経営にも暗雲が立ち込めます。1940年代後半、SF専門の小規模出版社との競争激化や一部タイトルの販売不振により、深刻な資金不足に陥りました。1948年には倒産の危機に瀕しましたが、デヴィッド・H・ケラー博士からの寛大な融資によって救われました。このとき、ケラー博士はダーレスの人間性を信頼し、利息付きの個人貸付という形で資金を提供したと伝えられています。
編集方針の変遷と世代交代
1980年代まで、同社は原則として再版を行わない方針を貫いていましたが、その後方針を転換し、多くのタイトルで再版や別エディションを出すようになりました。経営面では、ダーレスの娘であるエイプリル・ダーレスが実務を担い、1994年には社長兼CEOに就任しました。
編集面では、ジェームズ・ターナーが編集責任者に就任すると、マイケル・ビショップやJ.G.バラードといった著名なSF・ファンタジー作家を起用し、方向性を拡大しました。しかし、この傾向は創業時の「ウィアード・フィクション」という根源から離れすぎているとして、1997年にエイプリルによってターナーは解任されます。その後、ピーター・ルーバーが就任し、再び古典的な奇妙な物語への回帰を目指しましたが、ルーバーの健康問題により編集体制は停滞することとなりました。
近年の状況と現状
2000年代に入ると出版ペースは著しく低下し、2009年にはジョージ・ヴァンダーバーグとロバート・ワインバーグが編集を共同で引き継ぎました。2011年にエイプリル・ダーレスが死去した後、その子供たちであるダニエル・ジェイコブス(社長)とデーモン・ダーレス(副社長)が経営権を継承しました。
2020年代に入り、新規の出版物は確認されていませんが、過去のバックリスト作品の再版などは継続されています。1939年の創立以来、ほぼ毎年出版を続けてきた同社は、今もなおラヴクラフトの遺産を守る象徴的な存在であり続けています。
その他のインプリント
1945年には、ミステリーや探偵小説に特化したMycroft & Moran(マイクロフト&モラン)という別ブランドを立ち上げました。名称はシャーロック・ホームズの兄マイクロフトと宿敵セバスチャン・モラン大佐に由来しており、ダーレスの「ソーラー・ポンス」シリーズなどがここから出版されました。
Arkham Houseの概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 創設年 | 1939年 |
| 創設者 | オーガスト・ダーレス、ドナルド・ワンドレイ |
| 拠点 | アメリカ合衆国ウィスコンシン州ソークシティ |
| 主な出版物 | H.P.ラヴクラフト作品集、ウィアード・フィクション、SF |
| 関連ブランド | Mycroft & Moran |
Frequently Asked Questions
Arkham Houseが設立された最大の理由は何ですか?
大手出版社が相手にしなかったH.P.ラヴクラフトの作品を、パルプ・マガジンの形式ではなく、保存性の高いハードカバー本として出版し、彼の文学的価値を後世に残すためです。
創業時の最大のヒット作は何でしたか?
1940年代においては、A.E.ヴァン・ヴォクトのSF小説『Slan』が4,000部以上の刷り数を記録し、最も売れた作品となりました。
経営危機をどのように乗り越えましたか?
1948年、深刻なキャッシュフローの問題で倒産の危機にありましたが、デヴィッド・H・ケラー博士からの個人的な融資を受けたことで、印刷業者への債務を完済し、存続することができました。
Mycroft & Moranとはどのようなブランドですか?
Arkham Houseが1945年に設立したインプリントで、主にウィアードな探偵小説やミステリー作品を専門に扱っていました。
現在の運営状況はどうなっていますか?
現在は創設者の孫にあたるダニエル・ジェイコブスとデーモン・ダーレスが所有・運営しており、新規出版は少ないものの、過去の名作の再版などを行っています。
References
- Robert Weinberg, "Science Fiction Specialty Publishers" in Hall, Hal W. (ed). Science Fiction Collections: Fantasy, Supernatural and Weird Tales. Haworth Press, 1983, p. 126
- Sam Moskowitz, "I Remember Derleth", Starship (Winter 1981), pp. 10–11
- Lloyd Arthur Eshbach, Over My Shoulder: Reflections on a Science Fiction Era. Philadelphia: Oswald Train, Publisher, 1983, pp. 158–159
- Robert Weinberg, "Science Fiction Specialty Publishers" in Hall, Hal W. (ed). Science Fiction Collections: Fantasy, Supernatural and Weird Tales. Haworth Press, 1983, p. 129
- , Hobgoblin Apollo: A Life of My Own (New York: , 2016), p. 189.
- "THE LOVECRAFT EXPERT: AN INTERVIEW WITH S.T. JOSHI". Innsmouth Free Press. Archived from the original on February 19, 2015. Retrieved February 18, 2015.
- Locus Publications (March 22, 2011). "Locus Online News » April R. Derleth (1954–2011)". Locusmag.com. Retrieved November 17, 2012.
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- Ian Randal Strock (March 22, 2011). "Publisher April R. Derleth Dies". SFScope.
- "April Derleth – Summary Bibliography". Isfdb.org. Retrieved November 17, 2012.
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