アメリカの先住民コミュニティにおいて、部族の自決権と主権を強く訴え続けた人物がいます。アルバート・ヘイル(Albert A. Hale)は、ナバホ・ネイションの第2代大統領を務めただけでなく、アリゾナ州議会でも重要な役割を果たした弁護士であり政治家でした。彼は、先住民政府が単なる「部族」ではなく、独立した「政府」として認められるべきであるという信念を貫きました。
Key Facts
- ナバホ・ネイション第2代大統領(1995年〜1998年)として部族の権限強化を推進。
- アリゾナ州議会の上院(2004年〜2011年)および下院(2011年〜2017年)で議員を歴任。
- 部族主権の擁護者として、連邦政府や州政府に対し先住民の権利を強く主張。
- 法曹界での実績があり、ニューメキシコ州法曹協会などの会長を歴任。
- 教育背景はアリゾナ州立大学(理学士)およびニューメキシコ大学(法務博士)。
波乱の幼少期と政治への志
1950年3月13日、アリゾナ州ガナドに生まれたヘイルの人生は、幼少期の悲劇的な出来事から大きく方向づけられました。2歳のとき、父ウィリーがニューメキシコ州ガラップの拘置所で警察官に殺害されましたが、その警察官が処罰を受けることはありませんでした。この不条理な経験が、彼を政治の世界へと突き動かす原動力となりました。
学業においては、当初は不登校気味でしたが、ナバホ・ネイション評議会のメンバーであったアニー・ドッジ・ワネカに諭されたことで学習に励むようになりました。その後、アリゾナ州立大学で理学士号を、ニューメキシコ大学法科大学院で法務博士(JD)号を取得し、法的な専門知識を身につけました。
法曹界での活躍とナバホ・ネイション大統領就任
ヘイルは私設弁護士としてキャリアをスタートさせ、ラグナ・プエブロの臨時判事やナバホ・ネイション評議会の特別顧問、次席検事などを歴任しました。また、ナバホ・ネイション法曹協会およびニューメキシコ州法曹協会の会長を務めるなど、法曹界で高い信頼を得ていました。
1994年末、彼は「地方分権」を掲げてナバホ・ネイション大統領に当選しました。彼の目標は、ナバホ・ネイション内の110ある地方政府(チャプター)に権限を分散させ、地域主導の統治を実現することでした。また、対外的には「先住民政府」としての地位を確立させるため、米連邦議会や大統領に対し、部族主権の重要性を力強く説きました。
しかし、1997年に部族クレジットカードの不正利用や贈収賄などの疑惑が報じられ、特別検察官による捜査が行われました。最終的に、50件に及ぶ刑事訴追を避けるため、1998年2月19日に大統領職を辞任しました。
アリゾナ州議会での活動と晩年
政治の表舞台から一時離れたヘイルでしたが、2004年にジャネット・ナポリタノ知事による指名を受け、アリゾナ州上院議員(第2選挙区)として復帰しました。その後、任期制限により上院を離れると、2011年からは州下院議員として活動しました。
州議会において彼は、ナバホの土地で行われたウラン採掘に対する補償や、取引特権税(Transaction Privilege Tax)から部族への税収配分を増やすよう働きかけました。また、ナバホ・ネイション水利権委員会の委員長として、ニューメキシコ州政府とのサンフアン盆地に関する交渉を主導し、多くのコミュニティに水資源を確保する成果を上げました。
私生活では、コミュニティから「Abhihay」の名で親しまれ、重要な行事ではナバホの戦士の帽子(atsá cha’h)を着用する伝統的な姿が敬意を集めていました。2021年1月、新型コロナウイルス(COVID-19)に感染し入院。同年2月2日、合併症により70歳でこの世を去りました。
アルバート・ヘイルの経歴まとめ
| 役職 | 期間 | 主な役割・備考 |
|---|---|---|
| ナバホ・ネイション大統領 | 1995年1月 〜 1998年2月 | 地方分権の推進、部族主権の擁護 |
| アリゾナ州上院議員(第2区) | 2004年1月 〜 2011年1月 | 知事指名により就任 |
| アリゾナ州下院議員(第2区) | 2011年1月 〜 2013年1月 | トム・シャビンと共に活動 |
| アリゾナ州下院議員(第7区) | 2013年1月 〜 2017年1月 | ジェニファー・D・ベナリーと共に活動 |
Frequently Asked Questions
アルバート・ヘイルが政治を志したきっかけは何ですか?
彼が2歳のとき、父親がニューメキシコ州の拘置所で警察官に殺害され、その加害者が一切の処罰を受けなかったという不条理な経験が、彼を政治の世界へ導いたとされています。
ナバホ・ネイション大統領としての主な功績は何ですか?
110の地方政府(チャプター)への権限移譲による地方分権を推進したほか、米連邦政府に対し、先住民の組織は単なる部族ではなく「政府」であるとして、部族主権の確立に尽力しました。
なぜ大統領職を辞任したのですか?
部族クレジットカードの不正利用、贈収賄、政府資産の流用など、50件の刑事訴追を受ける可能性があったため、それらを回避するために1998年に辞任しました。
アリゾナ州議会ではどのような活動を行いましたか?
ナバホの土地におけるウラン採掘の補償問題や、部族への税収配分の改善を訴えました。また、水利権委員会の委員長として、コミュニティのための水資源確保に向けた州政府との交渉を主導しました。
彼の死後、どのような追悼が行われましたか?
ナバホ・ネイションのジョナサン・ネズ大統領とアリゾナ州のダグ・デューシー知事の両名が、彼を称えて旗を半旗に掲げるよう命じました。
References
- "President-elect Albert Hale Plans Changes For Navajos". . . January 9, 1995. Retrieved July 9, 2012.
- Becenti, Deenise (February 20, 1998). "With Law on Heels, Navajo Boss Quits; Hale Steps Down As Navajo Boss". . Retrieved July 9, 2012.
- Romero, Simon (February 6, 2021). "Albert Hale, Former President of Navajo Nation, Dies at 70". . Retrieved February 6, 2021.
- (February 20, 1998). "Another Leader of the Navajo Nation Resigns Under a Cloud". . Retrieved November 12, 2012.
- (March 8, 1998). "New Prosperity Brings New Conflict to Indian Country". . Retrieved February 10, 2021.
- Norell, Brenda (March 2, 1998). "Navajo president forced to resign". The High Country Times.
- "Authorities: Arizona Rep. Albert Hale accused of DUI". . November 25, 2014. Retrieved February 10, 2021.
- Fonseca, Felicia (February 2, 2021). "Ex-Navajo Nation president dies of coronavirus complications". . Retrieved February 3, 2021.
- Silversmith, Shondiin. "Former Navajo Nation leader Albert Hale is remembered as 'a strong, traditional man'". The Arizona Republic. Retrieved February 12, 2021.