音楽の世界において、楽器の調律の基準となる「基準ピッチ(コンサートピッチ)」は、演奏者同士が調和して音を出すために不可欠な要素です。現在、世界的に最も普及しているのがA440、つまり中央C(ド)の上の「ラ(A)」の音を440Hz(ヘルツ:1秒間に振動する回数)に設定する規格です。しかし、この基準が確立されるまでには、長い歴史と国家間の調整がありました。

主要な事実(Key Facts)

  • 1834年にヨハン・ハインリヒ・シャイブラーがA440を提案したことが始まり。
  • 19世紀後半から20世紀初頭にかけては、フランスやオーストリアを中心に435Hzが主流だった。
  • 440Hzが採用された理由の一つに、数学的な因数分解のしやすさと電子合成への適性がある。
  • 1955年にISO(国際標準化機構)の勧告となり、1975年に正式な国際規格「ISO 16」として策定された。
  • 現代でも、古楽演奏や特定のオーケストラでは異なるピッチが採用されることがある。

基準ピッチの変遷:435Hzから440Hzへ

基準ピッチの標準化への動きは19世紀に遡ります。1834年、ヨハン・ハインリヒ・シャイブラーは音高を測定する「トノメーター」を発明し、A440を標準として推奨しました。これは同年のシュトゥットガルトでの会議において、ドイツ自然科学者および医師協会に承認されました。

一方で、1860年代のフランスでは435Hzという基準が確立され、多くの国や組織がこれに従いました。1885年にはオーストリア政府も同様に435Hzを推奨しており、当時のヨーロッパではこの低いピッチが一般的でした。

アメリカでの普及と国際的な合意

アメリカの音楽業界では、1926年頃に非公式ながら440Hzが標準となり、楽器製造にも取り入れられ始めました。その後、1936年にはアメリカ規格協会(ASA)が、中央Cの上のAを440Hzに調律することを推奨しました。

国際的な合意への決定打となったのは、電気技師でありアマチュア音楽家でもあったジェームズ・スウィンバーン卿の貢献です。彼は1937年の王立音楽協会での講演で、純粋な比率に基づいた音階の可能性を論じました。さらに、イギリスのピアノ調律師が1899年から採用していたA439に対し、439は素数であるため扱いづらいが、440は因数分解が容易で電子的な合成にも適していると指摘しました。

この論理的なアプローチは、1939年にロンドンのBBC放送局で開催された国際会議で支持されました。フランス、ドイツ、オランダ、イタリア、イギリスの代表者が集まり(スイスとアメリカは書面で参加)、最終的にA440を標準とすることで合意に至りました。

国際規格化と現代における多様性

この合意に基づき、1955年に国際標準化機構(ISO)が勧告R 16として採択し、1975年には正式にISO 16として規格化されました。これにより、世界的な調律の統一が進みました。

しかし、A440は絶対的なルールではありません。例えば、古楽器を用いるアンサンブルでは、当時の時代背景に合わせたより低いピッチが維持されています。また、著名な指揮者レナード・バーンスタインは、ニューヨーク・フィルハーモニックをA442で調律させることがあり、これについてピアノ調律師組合から不満が出たものの、彼はニューヨークやボストンのオーケストラでは以前から高いピッチが使われていたと主張していました。

基準ピッチの歴史的変遷まとめ
年代/時期 基準ピッチ 主な推進国・組織 備考
1834年 A440 ドイツ(シャイブラー) トノメーターによる提案
1860年代〜1880年代 435Hz フランス、オーストリア 当時の欧州の主流
1926年〜1936年 440Hz アメリカ(ASAなど) 楽器製造への導入
1939年 A440 英・仏・独・伊・蘭など BBCでの国際会議による合意
1955年/1975年 A440 ISO(国際標準化機構) ISO 16として正式規格化

Frequently Asked Questions

なぜ439Hzではなく440Hzが選ばれたのですか?

ジェームズ・スウィンバーン卿が指摘した通り、439は素数であるため計算上の扱いが困難でしたが、440は因数分解がしやすく、電子的な音合成においても効率的であったためです。

現在でもA440以外のピッチが使われることはありますか?

はい。古楽のアンサンブルでは歴史的な再現のために低いピッチが使われますし、一部のオーケストラや指揮者の意向でA442などのわずかに高いピッチが採用されることがあります。

ISO 16とは何ですか?

国際標準化機構(ISO)が定めた、基準ピッチに関する国際規格のことです。1955年の勧告を経て、1975年に正式に策定されました。

基準ピッチが異なるとどのような影響がありますか?

異なる基準ピッチで調律された楽器同士で合奏すると、音が不協和となり、調和しません。そのため、演奏前に共通の基準ピッチを確認し、調律を合わせる必要があります。